《石巻・北上川マンガッタン》

 変身。自らの姿を異形の影に化身し、人智を越えた力で悪を倒す、孤独の存在。
 正義の味方、ヒーロー。その表現を創造したクリエイター。
それが手塚治虫さんをひとつの基点として捉えれば、その手塚さん自身が
“嫉妬までした”という才能で変身のバリエーションを確立し、一方でファンタジーの造形に力を注ぎ、
マンガ『漫画』をサブカルチャーかそれ以上のものに押し上げていったのが、石ノ森章太郎さんでしょう。
 手塚作品の鉄腕アトム、円谷作品のウルトラマン、永井作品のマジンガーΖ・・・など、
時代を背負うほどのヒーローたちを寄せつけないほどに、石ノ森作品の幅の広さは、
変身というキーワードだけに絞ってみても豊富な陣営を構えています。


 その数々のヒーローやファンタジーの主人公たちが出迎える街。
 宮城県石巻市と中田町は、石ノ森さんが少年時代を過ごし、東京・トキワ荘へのステップボードとなったところです。
 石巻の駅を降りると、駅前にはサイボーグ003ことフランソワース゜・アルヌールが佇んでおり、彼女の視線をたどっていくと、少し離れた街角には009島村ジョーが待ち受けている。
 こうして商店街を歩いて行くと、ロボコンや仮面ライダー、スカルマン、さるとびエッちゃんが、そこかしこで案内役となっています。
 彼らに導かれて、いつしか旧北上川のほとりに出ると、中洲の上流側の先端に、白いUFOのような構造物を見つけます。
 中洲は「マンガッタン」(ニューヨークのあの街をパロディしたことは説明不要ですね)と名付けられ、この異形の白い建物が2001年夏に完成した『石ノ森萬画館』です。
 デビュー作品の二級天使時代から、最新作のサイボーグ009(テレビシリーズ)や、変身忍者嵐、人造人間キカイダーなど、原作原稿・特撮プロップ展示、アニメ映像、体感コーナー、ライブラリまで、石ノ森作品世界のさまざまなチャレンジの歩みが、ここに残されています。
 漫画という表現媒体が持つ可能性と、そこから派生していくイマジネーションの広がりを、カタチとして見せるのは、イマジネーションの世界を狭めてしまうとは思うのですが、それでも、いい年した大人が2時間くらいは楽しんでいられる、「石ノ森」ではなく「石森」エイジには格好のスポットと言えます。
 『石ノ森萬画館』には、ピラミッドのような思想がそっと込められています。
 1998年に逝去された石ノ森さんは宇宙に開放され、スターゲートをくぐって、2001年に完成したこの館に“帰還”したのだという、象徴的な想いです。
 石ノ森さんは、漫画という媒体を通して、読者であり視聴者と共に21世紀を生き続ける。ということなのでしょう。
 
 そのこととは別に、館の入り口の壁面に、仲間の漫画家の手形がたくさんある中、ひとつだけ突き出ている“石ノ森さんの腕”には、かなりのいたずら心を感じました。硬く皺だらけのその手は、やあ、と握手を求めているのです。
 マンガッタンから北上川を遡上し、約40km内陸へ走ると、田園地帯の一角に小さな町が現れます。
 石ノ森さんが生まれ育った、中田町。ここには生家である“小野寺家”が現存し、町とNPOボランティアによって維持管理され、一般公開されています。高校3年まで使っておられたという石ノ森さんの勉強部屋には、古びたラジオと、小さな勉強机が、当時のままに置かれています。
 生家をあとに通りを歩くと、町が整備したという『石ノ森章太郎ふるさと記念館』があり、こちらでは石ノ森さんが少年時代に“投稿”していたマンガの時代から、上京してマンガ家生活を送ったトキワ荘時代の展示資料が紹介されています。
 岩手には宮沢賢治、福島には円谷英二。そして宮城に息づいている石ノ森章太郎世界。東北地方には、新しい世代のファンタジー・ラインが出現しているように思えますね。