《多摩からの挑戦を受けてしまった英語禁止のあの球技》

それ以前に、惨憺たる成績に愕然の某氏と某氏と某氏


 某サイトの多摩地域交流活性化委員長を務める甲斐さんは言った。

 「多摩地区英語禁止投球大会も、とうとう遠征の時がやってきた。
 遠征地の千葉は元祖英語禁止投球大会が行われた場所として英語禁止投球の聖地となっている。
 初の遠征地はここしかないだろう。
 今までホームでやってきた特訓の成果を見せ付けてやろうじゃないか(爆)
 いざ奮い立て戦士たちよ」

 いきなり間違いである。しかも大会名をわざわざ英語を避けているにもかかわらず、迂闊にも「ホーム」などと墓穴を掘っていたりする。
 元祖・英語禁止瓶球大会は、ずっと茨城県で行われているのである。
 しかしそこに大きな落とし穴があった。
 球技場の違いによって、あれほど調子を狂わされることになろうとは・・・


 2005年3月27日。千葉県八千代市のボウリング場に集まったのは、幹事団の甲斐さん(エスクード)と
ヨシヨシさんご夫妻(ワゴンRソリオ)。KAZUMIX.さん(ヴェロッサ)、タカ→☆さんご夫妻(キューブ)、スポッカーさん(キューブ)、トヨさんとカイトくん(ライフ)、devilockさん(自転車・グランドエスクード)。そして嵐田及び霰と霙(エスクード)。その後、二次会には福田さん(プログレ)、たかあきさん(レガシィツーリングワゴン)が参加した。
 現役英語禁止大会は、既に多摩地域で二度開催されており、ちょっとやそっとではひっかかりそうもないつわもの揃い。
 けれどもついついつぶやいてしまうのが、この大会の醍醐味だ。
 


 現役の英語禁止瓶球・投球大会は、元祖の「1ペケにつき瓶1本の成績を減点」などという生やさしいものではなかった。
 任意ではあるが、罰則が科せられる。思いっきり辛いか、酸っぱい味付けが紛れ込んでいるお菓子を、どれがそれかはわからない状態で食わねばならないのだ。
 そしてもう、かかってきなさいと言っていたにもかかわらず、ぽろっと口に出してしまった「トイレ」(定番中の定番にはまってしまった)。幸いにも、劇辛の菓子を食わずに済んだが、この大会の幹事は素晴らしい振る舞いで、甲斐さん、ヨシヨシさんとも、幹事団が自ら自爆し、そして罰則菓子の地雷をも率先して踏みまくった。
 参加者を笑わせるこの筋書きのないドラマの演出。さすがである。
 そして彼等の誘爆に陥る参加者も続出。次々と爆笑の波が襲ってくるのであった。

 しかし番狂わせは、まさに球技の方に潜んでいた。
 投げても投げても、球筋が決まらないのである。1回戦などは惨憺たる成績で、子供にすら負けてしまったというていたらく。
 このからくりに、2回戦の最中に気が付いた。踏み出しから踏み切りまでの助走距離が、普段通っている球技場よりも、短かったのである。
 公式競技場という設計で、こういうものは基準化されているのではないのか?
 とにもかくにも、最低限100を下らないはずの成績が、1回戦では52にしかならなかった。このとき霰は82、霙でさえ54という数字を出しているのだ。
 私は踏み切りの際に、軸足が逆になっているという大馬鹿者な投球までやらかす始末。おそるべし、こんな理由、語ったところで誰も信じてくれないよ。