満月とピザとの邂逅
北浦湖岸の隠れた名物

 北浦湖畔を通って数年になるけれど、満月の照らし出す湖面を眺めるのは初めてだった。意外、というほどのことではなく、少し前までは北浦の左岸だけを走っていたから、昇ってくる月は右手の河岸段丘に遮られて、見ることができなかったからだ。その位置関係では、湖水はやはり輝くことがない。
 最近は、国道51号から北浦大橋までの区間を、右岸で走っている。対岸に昇る月と、湖水に反射する月の光は、この間ずっと眺めていられる。
 もちろん、空が晴れていなければこの景色は成立しないし、月と地球のポジションが合致する季節でなければ、同様に湖畔の月夜を楽しむこともできない。
 ことし3月の満月は、そんな要素がうまく重なってくれて、偶然にもそのちょうど良い時間帯に、湖畔を通りかかることができた。
 普段使っている右岸の地方道は、北浦大橋の手前で一度、内陸に入り込み、橋にたどり着くためには段丘をひとつ越えなくてはならない。この丘越えをすると、一気に下りながら左コーナーに至るわずかな時間、輝く湖水を真正面に見下ろせる。坂を下りきる頃に、上空の月が目に入ってくる。コーナーを抜けると月は2時から3時の方向にスライドして、今度はほのかにライトアップされた北浦大橋が正面に現れる。
 なかなかドラマティックなルート。 これも初めてであったシーンだ。
 こんな夜には、何かが起こりそうだなと思っていたら、右岸に渡ってしばらく前走車のテールランプについて走っているうちに、右手の店舗の駐車場に、見かけない1BOXが停まっているのを見つけた。
 鹿行大橋のたもとの国道との交差点のあたりだ。
 なんだろう? 一度通過してしまったけれど、ちょっと気になって引き返していくと、移動式のピザ屋だった。
 「ちょうど店じまいするところでした。サービスしましょう」
 ピザ一枚を買い求めたら、焼きたてのパンをわけてくれた。
 料理人としてホテルやレストランで修行し、北海道でラーメン屋から身を起こして、軽井沢にレストランを構えたものの、不動産系の多角経営が災いしてバブル崩壊で振り出しに戻ったという店主は、実は管工事の設備業が今の本当の仕事。
 「ちょっと余裕が取り戻せて、7年ほど前からこうしてピザも焼いてます」
 界隈ではそれなりに有名なのだという。
 「お気をつけてお帰り下さいね。来週からはピザバーガーも始めますから」
 このルートを走るようになって、こうして立ち話をするのは初めての出来事。
 満月の夜は、これだから不思議で面白い。