野崎陽一郎は、動脈瘤の治療手術を勧められているが、手術には命の保障がなく、
成功しても記憶が喪失する可能性を伴うという。
 会社を辞め、現実から逃避しながら過ごしていた彼に、1週間のアルバイトが持ち
かけられた。
 依頼主を鹿児島まで連れて行く運転手という仕事だ。
 依頼主は、あえて高速を使わず、国道を西に下って鹿児島県指宿市まで行くように
指示する・・・

 直木賞作家の金城一紀氏による短編集「対話篇」に収録された『花』という小説が
映画化された。 監督の西谷真一氏は、本作品を映画監督デビュー作とする新鋭。彼
が師事してきた映画監督は、『ラブ・ホテル』『台風クラブ』等を手がけた故・相米
慎二氏だ。
 『花』の制作には、『風花』『刑務所の中』などの相米作品にに関わったスタッフ
が集うこととなったという。

 ここまでは、『花』という映画のエピソードだ。

 この映画で、野崎が運転するクルマが、初期型のエスクードノマドである。
 スズキスポーツ製のグリルガードと、埋め込み式の補助灯の他に、わざわざガード
内にもう一組の補助灯をつけている。
 にもかかわらず、ホイールは鉄ちんで、どことなくくたびれたノマド。
 よくよく見ると、白なのか水色なのかわかりにくいが、水色。90年代初期にカタ
ログカラーに存在したメタリック系の水色とは違う。
 なんだこのノマドは?
 そう思って、西谷氏の経歴と、その視線の先に存在する相米監督の作品を眺めてい
ると、実は相米監督に憧れていたという西谷氏のオマージュともラブレターとも思わ
せるキーワードが、このノマドにあった。 
 相米氏は01年に逝去された。その遺作である『風花』(鳴海章原作)で、小泉今
日子と浅野忠信が、やはりエスクードノマドで旅をしている。
 このノマドも、演出なのか、かなりくたびれた風体で、しかもやけくそのようにピ
ンクに全塗装されていた。
 ショッキングピンクやシャア専用ピンクではない。くすんだピンクというのか、い
ずれにしてもカタログカラーにも限定カラーにもあり得ない色であった。
 『花』に登場するノマドは、実はこのピンクを水色に塗り替えたものであった。
 映画そのものが、逝去した相米監督への、西谷監督以下新生西谷組からのラブレタ
ーであったという。
 そのほんの一翼を、小道具のひとつとしてエスクードが担っているのは偶然なのだ
が、このくたびれたノマドは、相米作品と西谷作品を物理的につなぎ、橋渡ししてい
るアイテムなのだ。そしてどちらの作品に出てくるノマド(同じ個体だが)も、旅を
通して男と女、男と男の対話とコミュニケーションを促していく。
 エスクードに傾倒している大馬鹿者の筆者は、どちらの物語も、このノマドがなけ
れば成立しないと、二人の監督の交流に勝手に横恋慕するのであった。
 なぜエスクードだったのか、それを想像することは難しくはなく、一連の場面に流
行のミニバンやワゴンやクーペが出てきても、わざとらしいだけだ。くたびれた小さ
な四駆。これが哀しい。哀しいけれども、そんなクルマが必要だったのだろう。
 しかし、なりはくたびれていようとも、エスクードはタフな四駆でもある。
 東京・鹿児島、約1500kmの旅に花を添える水色のノマドは、颯爽と海岸線を
駆け抜ける。

※写真のノマドは映画とは関係ありません。
文 :嵐田雷蔵氏

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