毎年恒例「月遅れ新年会」、という一言をすっかり忘れていたので、主催者は舞い上がっていたかやるせなかったかの心境だったようである。
 しかし果報者で恵まれていることは間違いない。
 

 「BLUEらすかる」と呼ばれてきたスズキエスクード、ТD61Wがこの日、積算走行距離100万キロを刻むこととなっていた。天狗の森に持ち込まれた時点で999999キロを示しているオドメーターは、このとき「そのまま止まってしまう」のか、「6桁すべて0にリセットされる」のか。
 おそらく誰も見たことが無い。
 これを検証し、証人になっていただこうという趣旨で、今回のつくばーど®は企画された。よく考えてみたら、なにその極めて個人的なクルマ生活に付き合わそうなんて!
 と、きっと誰もそんなことは愚痴らずに来てくれるだろう。
 そして、大勢の仲間が見届けに来てくれた。
 舞い上がっていたりやるせなかったりするわけがない。していたら罰が当たる。
 1週間前だったら、この場所は雪景色だった。
 しかしこの日は山頂付近でも14℃という春めいた晴天。
 100万キロを機会に退役となるBLUEらすかるを見送るのに、こんなにふさわしい日が巡ってきたことに、思わず天を仰ぐ。
 そう、この日限りでBLUEらすかるは過酷な使用環境から解放されるが、それは同時に20年続いてきた符丁でもある「夏」の終わる時なのである。

 

 地元をはじめ関東、東海、中越、東北、近畿から、昔馴染みや初めて出会う人々が天狗の森に集まってくれた。
 オドメーターは9並びだが、トリップカウンターは2カ月前から壊れて動かない。おおむね800メートル位を残しているはずなので、駐車場の外周を何周かしているうちに、その瞬間は訪れるはずだったが、2週間ほど前に残り100キロになったあたりで少しだけ動いた上3桁が、その後ピクリともしなくなっていた。
 ここへきて壊れたのか、それとも0には戻らないのか?
 主催者だけ緊張するが、その瞬間、機械式のアナログ計器は不意に、6桁同時に0に繰り上がった。あっけなく、しかしここまで来るのに20年と5ヵ月を費やした。
 結果を冷静に見れば、こんなことは至極当たり前の、かなりくだらない数字の確認なのだ。血の気の多かった昔だったら袋叩きにされていたかもしれない。
 もちろんそんなことは無く、BLUEらすかるは静かに役目を終える。


 主催者はおもむろにペイントスプレー缶を持ち出し、BLUEらすかるのマーキングを塗りつぶしにかかる。このときはさすがに「えーっ?」の声が上がった。
 カスタマイズされた各種パーツや足回りなどを後継となる「BLUEらすかるΩ」に移植した後、このエスクードは解体を依頼する。だが解体されるかどうかはわからないし、ある日突然、どこかの国の空の下で使われている様子がインターネットに拾われるのを見たくもない。
 本当ならこの場で送り火にでもしてやりたい気持ちなのだ。
 こうして天狗の森で開かれたつくばーど®は目的を遂げることができた。白状してしまうと、月遅れ新年会であったことは、この場ではすっかり忘れられていた。
 すみません、ありがとうございます。
 あっ、でもたぶん、すぐに恒例の寒い中我慢大会な花見を呼びかけると思います。
 「次の夏」は既に走り出している。

スズキエスクード 100万キロ