あの二階堂裕さんが97年式のエスクードを買い付けた。
 エスクード開発の父と呼ばれる人だから、それは嬉しいニュース。しかし今はほぼ全天候型ジムニーの人でもあり、エスクードに乗り出すことはちょっとだけ珍事。
 しかもこのTD51Wが、ご覧のようにうちの61Wとエンジン以外双子も同然という珍事の2幕で、これは並べなかったらダメだろうと、SSC出版もワイルドグースも定休日だというのにアポイント取って押しかけ。
 するとそのわずかな動向を察知して和邇さん父娘とsuuuさんが駆けつけてくれて、ワイルドグースの軒先に4台ものエスクードとサイドキックが並んでいる、まるで90年代のような風景が再現された。それが珍事の3幕目だ。

「19年経っても車体がしっかりしている。フレームを持つ四駆は頑丈だということだね。このエスクードでそれを紹介していきたい」  

 二階堂さんは、そういった展望で3度目のエスクード所有に至る。
 2年後、エスクードは誕生30周年を迎える。おそらく我々がこの車に大勢で関わり地味ながらも盛り上げられる最後の機会になるかもしれない。だからいくつかの企画に二階堂さんにも絡んでいただきたいと、ミーティングを展開した。ここだけは珍事ではなく真面目に取り組むシーンだ。

 「なるほどみんなこの車が大好きだからこそ、これほど年月が過ぎても乗り続けてくれるんだね」 

 二階堂さんは80年代、ジムニーから乗り換えたいクルマというコンセプトで、新型ジムニー企画案を曲げさせエスクードを産み落とした。それ自体当時は珍事だったかもしれないが、正しかったことはこうして証明されている。
 ひょっとすると、その当時の企画会議の日も満月だったのかもしれない。
 厚木を訪ねたこの日は、68年ぶりの超接近型スーパームーンの前日。珍事の連鎖は不思議ではない。
 そういえば仙台からの往路もまったく渋滞なし。つくばーど基地への復路も楽ちんの混雑なし。他の路線は渋滞三昧という珍事の4幕を経てパーキングエリアで給油していると、全く別方面の温泉に出かけていたはずのコムロ夫妻がにこにこと声をかけてきてくれた。