千葉の街には30代から40代にかけて・・・まあさほど良い記憶はないのだが、夜明け前に到着すると、事務所の入っていたビルも、その近くで有線からビリー・ジョエルしか流していなかった喜多方ラーメンの店も、跡形もなくなっていた。

 当時もそうだったが、3時間もの電車通勤などやってられるかと、車通勤をしていた時間帯が、夜明け前到着のルーチン。なぜって、通勤時間帯に千葉市に流入するありとあらゆる道路は、渋滞で使っていられない。
 明け方に着いて事務所で仮眠をとり仕事を始める習慣とともに、先代のらすかるからとるねーどらすかるに至るエスクードTA11Wの走行距離が伸びていった。なにしろ圏央道も館山道も無かった時代だ。一度外房へ出たら帰宅までに400キロは走る。これを10年くらいやっていたおかげで、その後の東北住まいのとんでもない移動距離に対応できたといえる。
 だが今は仮眠のとれる事務所も、契約していた駐車場もない。仕事で落ち合う人とのアポイント時刻まで、時間貸駐車場でどっぷりと眠る。
 で、仕事の話なんか書いても楽しくも無いのでここから午前中はすべてカット。BLUEらすかるの置いてある駐車場に戻り、都市モノレールの通過を見上げながら、井之頭五郎さんとなる。
 「はらが、へった」

 

 ビリー・ジョエルしか流さない喜多方ラーメンの店は、随分前に蘇我へ移転したらしい。行ったところで同じように有線を使っているかどうかはわからない。
 ミラノサンドをテイクアウトできるドトールコーヒーはそのままだったが、今日はカレーライスを食うと決めていた。市内を10分ほど移動して、千草台の古い団地に向かう。知っていなかったら絶対に足の向かないところだった。千葉時代にだって、一度も訪ねたことのない団地だ。
 しかしここには今、評判の欧風カレーと抜群にうまいロースカツを出してくれるカレー専門店があるのだ。もちろんそんなことは2年前まで知らなかった。
 それを教えてくれたのが、意外中の意外、あのウエストウインの島雄司社長なのである。
 「うちの面々でよく飲みに行っていた居酒屋の店主が実家に戻って、カレー屋を始めているんですよ。私が太鼓判を押します、うまいカレーですよ」
 そんな対話を2024年に島社長としてからすぐ、その店「カレー屋ひさやま」に出かけた。以来、千葉に出張した折には必ずこの店のカレーライスをいろいろと食っている。
 親御さんが開いていた喫茶店が、この団地の交流の場だったそうだが、お歳を召され引退されたことをきっかけに、福岡の居酒屋をたたんで帰省し、店を受け継ぎながら喫茶店からカレー屋に衣替えされたという。
 島社長の太鼓判通り、手間をかけて作られたカレーも、ボリュームのあるさくさくのとんかつも、ルーに仕込まれている牛すじも、すべてがうまい。さらにこの2年間、そうそう通えているわけではないのだが、その間に料理自体を進化させている。
 開店直後の頃は、昼どきでも雑談できたが、最近はお客の数も増えていて、なかなか店主との世間話がかなわなくなっているが、良い店と巡り合えた。それがウエストウイン経由だというところが、また愉快痛快なのだ。
 満腹感に大いに満足しながら、午後の仕事のために幕張新都心に場所替えするが、十数年の月日の流れは、知らない街を未だに出現させている。ゴジラとメカゴジラとラドンが激突して、物語とはあまり関係ないけれどTA01Wエスクードが数カット登場した映画の頃が懐かしい。