ものは言いようだと自ら思うのだが、航続距離600キロ、と言うよりも「仙台から浜松、無給油」とすると、なんだかすごいことのように聞こえる。
 仙台市内でオイル交換と給油をしながら、翌日の天竜川の集合場所までをナビゲーション設定すると、618キロなのだ。ルートをたどると、このうち仙台宮城ICから浜松ICまでが、ほぼ600キロという分かりやすい距離。
 カレンダーを見たら、この晩から満月。俄然、やるきになってしまうではないか。
 しかし、それが可能かどうかは、足回りやタイヤ銘柄とサイズをいじる以前の経験しかない。特に規格よりふた回り大柄で、ラジアルから゜オールテレーンに交換している今では、実績がない。
 幸い、前の週に行われたFレイドでは、リッター11キロの後半という好成績をマークしたので、まず行けるだろうという根拠は掴んだ。
 あとは、東京を経由する首都高区間の渋滞と、緩やかとはいえ箱根越えのペース配分くらいか。
 これも、のんびり行けばいいというものではなく、足柄SAにある銭湯「あしがら湯」の閉店までに静岡県内に入っていなくてはならない。なぜかって、仙台だって7月下旬から猛暑なのだ。風呂に入って汗を流して着替えなかったら、やってられない。

 夕刻、仙台宮城ICから東北道に上がり、エンジンは上限2500回転で巡航する。この時点で、ちょっと回転数が高いが、福島を過ぎるまでアップダウンが多く、2000回転あたりだとかえってトルクを落としてしまう。
 幸いにも東北道の集中工事による渋滞は、2カ所で6キロ程度で済む。一定のペースで福島、栃木を経由し、一部群馬を横切り埼玉県へと走り続ける。
 岩槻から先で渋滞が始まっており、岩槻で東北道をあきらめ、近くを走っている大宮線に乗り換えて都心に向かうが、これも富沢より先は渋滞。富沢で街に降りて、3号線の池尻ランプから乗りなおす。意外にも、ここから用賀までが混雑していなかった。

 あしがら湯には、充分に休憩できる時間帯で到着できた。ここまで約5時間、疲れも出ずに無給油ならぬ無休憩で走ってきてしまった。おそるべし満月期。
 計算すると、浜松までに最後の給油ができる牧之原SAあたりで、560キロくらい。浜松までさらに40キロ弱。牧之原の休憩時に燃料計の残量で最終判断できる。ただし、タイヤが大径化されたBLUEらすかるは、距離計の方で3%ほどの誤差がある。
 道中、SIDEKICKさんとあおいろさんが、休憩時間ごとに激励の電話やメールを入れてくれている。単独行であっても、独りではないという楽しみが得られる。
 淡々と走ること10時間、浜松で東名道を降りると、すぐにガソリンスタンドだが、距離計では600キロに2キロ弱足りない。1区画を回ってスタンドに入り、600キロで給油。結果は55.05リットル、リッター10.89キロで走ってきたことになる。
 11キロ台に乗せられなかったのは悔やまれるが、宮城県から静岡県まで無給油でやってきたという部分に目的達成の高揚感がある。そのまま走ると、岡崎あたりまでは行けるのだろうか。

 明け方、SIDEKICKさんと合流して、釣りたての鱚を天ぷらにして食うというオフラインミーティングに参加する。だけど満月だから大潮、遠州灘は台風の余波も手伝い荒れ気味。鱚天はまた今度の結果となる。
 まあそれでも、普段はなかなか会えないエスクード仲間と過ごすことのできる、まったりとしたひと時は極上の週末。しかも、かなりのんびりしたにもかかわらず、スズキ歴史館に向かう彼らと別れてもまだ午前中なのだ。
 再び東名に上がる前に、掛川に住むMAROさんと待ち合わせる。彼は初代では最終型のヘリーハンセンに乗っている。宮城・浜松の無給油達成を喜んでくれた彼は、こう言う。
 「僕もこの前、石巻まで行きましたが、まだ燃料計がEラインにかかっていませんでした」
 なな、なんと! 直四2000のエスクード(4AT)は、そんなに走るのかと聞いてみると、普段から800キロは走れるのだという。上には上がいる。
 MAROさんは、実は同郷の人。旧盆休みの半分は帰省するという。ならば地元で夜会でもと約束し、遠州灘をあとにする。
 帰路は新東名を試しながら、燃料のことは気にせず走る。すると、あおいろさんから
 「桶川に車を入れます。四駆に入れるときに障害が出る」
 という連絡が入った。何事だろう? ラインオフしたばかりのTD61Wを見舞いに、フジ・オートを目指して北上を続ける。