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警視庁内の未確認生命体対策合同捜査本部が解散となり、それぞれの捜査官が元の配属部署に復帰するなか、事務職を務めていた笹山望見巡査は千葉県警への転勤を命ぜられ、ニュータウン署の交通課勤務へ転じていた。
農村と新興住宅地が入り混じりながら緩やかに人口増加をたどる街は、首都圏の基幹国道や成田国際空港へのアクセス鉄道ルート上に展開しており、この10年で交通事情が大きく変化し、所轄の交通事故対策や地方公共団体による若年層、高齢者への交通教育需要も高まっている。
定員の範疇でそれらの業務をこなすのはそこそこの激務であったが、新設されたニュータウン署は、さらに10年先を見据えた女性白バイ隊員の養成機関という側面も持たされ、県警配下でありながら警視庁その他の横断的な人事と組織運営が進められていた。
そこへの配属は、彼女の希望でもあり、未確認生命体策班や同捜査本部長からの推薦もあり、転属は潤滑に行われた。
転属にあたり、望見には対策班から、乗り手がいなくなり所属が宙に浮く形となったBTCS2000の管理という業務も、暫定的に言い渡されることとなった。
BTCS2000は、首都圏の各交通機動隊に配備された新型白バイのTRCS2000とは異なり、対未確認生命資機材運用予算を無理強いして開発制作した特注オートバイであった。
そのため、量産が前提とされておらず、高い性能を有しているものの不要となれば実験機の域ですらなくなる。
未確認生命体事件の捜査渦中、短期間でこのマシンが開発できたのは、事件が長期・広域化し凶悪化をたどる場合に備え、合同捜査本部とは別系統の機動対策班配備という警視庁内の縦割り政策が顕在化していたためだ。
この機動対策班は、世にいう未確認生命体第4号の特殊能力に頼らず、専任機動隊員が強化外骨格を装備し、未確認生命体と対峙する方針で編成が企画されていた。
その装備の一端に、機動性重視と汎用性重視の腹案による2種類のオートバイが開発されるに至ったが、機動性重視のRDCS型の設計図をもとに、TRCS型のパーツを流用し、科学警察研究所が急きょくみ上げたものがBTCS型であった。
BTCS2000と未確認生命体第4号のコンビネーションは目覚ましい活躍を果たし、思わぬ実験機成果を残したことで、運用終了を機に再びRDCS型のテストベッドとして戻されることが示唆されるのは当然のことであった。
「それがビートにとって最良の余生とは思えないのよ。あれは五代さんの戦友でしょ。五代さんがいつか帰って来たとき、今度は冒険の相棒になってあげられる道を残してあげたいのよ」
望見の言い分を心情としては理解できるが、あまりにも無茶な論理だと、元同僚の桜井剛は苦笑した。
「気持ちはわかるけどさ、BTCSはあれでも官給品だから」
「ツーさん冷たいのね。ビートがバラバラにされちゃっても平気なんだ」
「そんなことは言ってない。そもそも新しい対策班の編成だってまだ未定なんだし、編成自体必要かどうか」
「もういい、わかった。あたしはビートを乗りこなすためにミニパトも事務も白バイも極めるって決めたの。今さら返せって言われてはいどうぞなんて言えないのよ」
「マジかよ・・・それ命令無視」
利根川の河川敷で、2人はオフロードライディングの練習をしているところだった。望見の非番日に桜井が都合を合わせ、彼がコーチをしている。
雑草と葦の穂が生えた堤防下は、梅雨明けした晴天ではあったがコースとしては泥濘地に等しい。午前中の練習で、望見のライディングスーツは泥だらけだ。
練習に使っているバイクももはやどこのメーカーか一見してわからないほど泥パック状態だが、よく見ると桜井のバイクはガスガス社のバンペーラだが、望見の乗機はフロントカウルとリアの通信用パーツを取り払ったTRCSだった。
はいっ、と空になったカレーパンの包みとウーロン茶のペットボトルを桜井に押し付け、望見は草地から立ち上がってヘルメットをかぶる。
「五代さんが返ってくるまで、ビートはあたしが預かる!」
望見はゴーグルの奥から桜井をにらみつけ、コースとはとても呼べないオフロードコースに乗り出していった。
まだお勧めのアプリコットジャムパンが残っているのに・・・と、桜井は肩を落とす。
「科警研に、まだ1台分くらいくみ上げられる部品、あるかなあ」
桜井は困った顔をしながら、科学警察研究所の榎田ひかりに電話を入れる。実は研究所は、利根川を挟んだこのコースの対岸の、比較的近くに所在している。
「榎田さんですか、桜井です。先日相談した件、はい、開発本部に納入する車体なんですけど・・・予備部品でうまいこと取り替えちゃえないでしょうか。いや、エンジン載せればハリボテってわけじゃないし、五代さんのは白バイ仕様に塗り替えちゃえば・・・はい! なんとかお願いしますっ」
数週間後、ニュータウン署主催の交通安全フェスティバルに、BTCS2002、という名称の新型白バイがお目見えした。残念ながら試作展示品という形で、望見がこれに乗ることは叶わなかったが、その車体がかつてブルーライン、レッドラインと呼ばれ人知れず街を走り抜けていたことは誰も知らない。 |