《もう一つのサイバーフォーマット》


 サイバーマシン開発の黎明期、人とマシンの融合というコンセプトをどのように具現化するかの議論の末に、ひとつのケーススタディとして、バイオコンピュータによる運転操作の環境統合制御が提案された。全ての制御判断をバイオコンピュータが行い、その伝達を電気パルスによってドライバーにフィードバックさせるもの。一度入力された情報をもとに、何度でも同じ動作を繰り返すことが出来、フィルターを通して最適化させていけば、ドライビングにおける人為的なミスも排除可能であった。レースマシンに搭載すれば、寸分違わぬレコードラインを周回し続け、圧倒的なドラテクを再現する。
 しかし、サイバーシステムのあり方として、その手法に異を唱えた風見広之は、アスラーダの開発にはこれを採用せず、スーパーニューロコンピュータとの対話サポート方式を選択していく。
 バイオコンピュータがドライバーを制御するマシン開発は消えていったはずだったが、2020年のサイバーフォーミュラグランプリに、このシステムを搭載したマシンが出現した。それがアルザードNP−1だ。レアメタルと呼ばれる形状記憶合金をボディ材質に採用し、視覚的には有機的なエアロモードへの変形を見せる。
 アオイチームの新オーナーとなった名雲京志郎は、ドライバーのフィル・フリッツとニューマシンアルザードで同シーズンに参戦。加賀城太郎にもアルザードを与える。バイオコンピュータが搭載されたフィルのマシンは、加賀のマシンとはフロントノーズのデザインなどに変更があり、ピットからの指令送信用アンテナも付加されている。フィルはデビューシーズンでありながら、驚異的な速さでライバルを寄せ付けず、開幕3連戦を優勝で飾った。フィルのアルザードは、加賀のアルザードに対して40秒ものタイム差を見せつける。



《立ち塞がる最強のマシン 凰呀》


 しかし、アルザードは特殊なドリンク「αニューロ」を媒介することでドライバーを操る、違法のマシンだった。この薬液を服用すると、神経組織に影響を及ぼし、スピード感覚の麻痺だけでなく、バイオコンピュータの神経伝達パルスを受診しやすくなり、ドライバーはマシンのパーツの一部としてバイオコンピュータに支配される。その副作用は過激なリバウンドとして現れるほか、服用を続ければ生命維持に関わる。
 いずれにしても、ドーピング行為にあたるレギュレーション違反のシステム。アオイは、2020年シリーズを席巻しながら、発覚したアルザード事件の責任処分で、1年間の出場停止を受けた。
 2022年シーズン、諸チームの戦力アップに対し、この事件以来レースに対して消極的となっていたアオイZIPフォーミュラでは、旧型のエクスペリオンZ/A−10での参加を余儀なくされていた。
 苦戦を続ける加賀城太郎の前に、アルザード事件を引き起こした元アオイオーナー・名雲京志郎が現れ、彼の兄が制作したアルザードのオリジナルマシン「凰呀AN−21」を提供する。
 かつてアスラーダの開発に携わり、バイオコンピュータシステムを提唱したエンジニアこそが、南雲の兄だった。システム開発を中断させられ、不遇の死を遂げた兄の理論の正当性を証明する野心が、南雲にアルザード事件を引き起こさせる動機だったのだ。
 アスラーダとは「兄弟」でもあり、アルザードのスペックを遥かに上回る性能を持つ凰呀AN−21は、これまで誰にも乗りこなす事ができなかった。加賀は苦闘の末、凰呀にもアスラーダとは似て非なる意思があることを知り、凰呀のフォローから「ミラージュターン」を産み出し、風見ハヤトに最後の勝負を挑む。だが常人の動体視力を遙かに超越したZEROの領域で走り続けていた加賀には、すでに限界が訪れていた。
 心身の満身創痍を押して臨んだ最終戦、加賀はアスラーダを制し、タイトルを掴み取る。