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ショッカーの影や噂が途切れていたある日、立花レーシングにふらりと一文字隼人が現れた。立花藤兵衛は、やつれた一文字の顔を見て、リジェクションによる消耗が一段と進んでいることを気に病んだが、こうして生き延びているしぶとさと生命力に驚くと同時に、彼が生き延びようとする意志を心に宿したことを喜んだ。
「風見って野郎に言っちまったからさ。空っぽの抜け殻になるなって」
この前、彼が、サイクロン2号を修理に預けに来たときに、そう言っていた。少しずつ、一文字の中の空虚を埋めるものができているのだろう。
「親父さん、バイクできてるかい?」
「できてはいるが、前のじゃない。2号は市販車ベースでいじったマシンだったから、あれはもうお釈迦だ。まったくどういう使い方をしてきたんだか」
「なにしろ病弱なんでね。戦力のカバーにはあれがないと話にならん・・・本郷はいないのか?」
「奴は仮面の修繕で俺の知り合いのところに行っている。サイクロン2号に入っていたお前の予備のも持って行ってるから時間がかかっているが、明日の夕方には帰るだろう」
「それじゃあバイクの試運転をして、また戻るわ」
一文字はガレージに用意されている新しいサイクロンを、立花の肩越しに見やった。架台に載せられ、カウルを取り払ったサイクロンは本郷猛のものらしいが、見慣れたカウルを取り付けられた自分用のマシンは、本郷のマシンとエンジンや排気系の取り回しなどが同じように見えた。CB1300ではないということだ。
「なんだ、ちっこくなったのかよ」
「基本は1号改と同じにした。細かいことをお前さんに言ってもわからんだろうから、まず乗ってみろ。パワーもトルクも前の以上だが、取り回しは良くなっているはずだ。それに」
「それに?」
「少々粗っぽく扱っても、フレームがひん曲がることはない」
「6本マフラーとはまた派手だねえ。当節こんなの流行らないぜ」
「そうでもないだろう? お前さん好きの“とっておき”に仕上がったと思うがな」
「へへへ。まあ、おっしゃる通りだ。じゃあ、遠慮無く乗らせてもらうよ」
一文字はスタンドからリアホイールを解放し、サイクロンにまたがる。目が笑っている。
イグニッションとともに、マルチシリンダーのエンジンが複雑な金属音をあげ、六重奏の排気ノイズがスロットルの開閉に併せて唸り出す。
「ちょっくら出かけてくるわ」
「どこまで行ってくる? こけられたら回収に行かにゃあならんだろう」
「よせよ親父さん、慣らしなんだ。こかしたりしないって。まあそうだな、富士山でも眺めて、温泉にでも浸かってくるさ」
「おいおい、その気になりゃ京都まで1時間ちょいで走れるマシンなんだぞ」
「勘弁してくれ。土産は蒲鉾な」
一文字は片手で合図しながらクラッチミートし、のんびりと、ツーリングに出かけるように走り出す。気負いのない後ろ姿は、立花を安堵させた。
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