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大学の研究室に戻ることは無く、その後教職を得た附属高校からも解雇され、戦士としての経験値は積み重ねながらもショッカーの暗躍には心を脅かされる日々。それが本郷猛の過ごす日常だ。
平凡な研究員、うだつの上がらない教師、社会からは背を向けてひっそりと暮らそうとする自分自身への怯え。そのいずれもが、いつしか自らを欺く仮面になっていることに、彼は気づいていた。怯えが怒りに変わるとき、怒りとともに浮かび上がるのは、改造手術の傷跡だけではなかった。ホッパーと呼ばれる闇のコマンドであった記憶の中に、闘争と破壊に酔いしれる衝動的な感情があり、それもまた紛れも無く自分自身の素顔であることを、彼は知っていたのである。
今、ホッパーの仮面は、ありとあらゆる自分自身を覆い隠すための、唯一の手立てとなっていた。美しいものを護りたいという小さな思いを消さぬための、鎧。ショッカーと戦う行動は、ときとしてその思いすらをも打ち消しかねない闘争本能に支配されそうになる。社会を欺く乾いた素顔に生気を蘇らせる仮面は、彼にとって実に危うい諸刃の剣なのだ。
ショッカーを倒せるかどうかは判らないが、叩き潰さねばならない憎むべき敵だ。だがショッカーを壊滅させられたとして、そのあと自分はどうあるべきなのか、怒りや衝動を何に差し向ければ良いのか、答えを求めることが怖かった。
「そんなこたぁ、ケセラ、セラってんだ」
「生きていきますよ、あなたと同じように」
自分と同じ十字架を背負った2人の男たちは、強いと思った。折れかかる心を支えてくれるのは、運命を共にする者たちの、やはり折れまいとする心の叫びなのだ。猛自身も、彼らの声に応え、支えなければならない。そしてすべての決意に結実していく。
「俺は・・・まだまだ弱いな」
本郷猛は弱気になった自分の素顔を、しかし嫌うことは無かった。そのまなざしを隠す仮面の冷たさが、彼の心のスイッチを切り替える。
これまで使っていたエンジンがオーバーホールに出されたため、RC212Vに供給されているV型4気筒に換装されたサイクロン1号改は、確かにパワー不足を感じた。
それは改造された彼の身体能力とともに研ぎ澄まされた感覚が、マシンの性能をはるかに凌駕しているからだが、もともと初期のサイクロン1号には、前作RC211VのV型5気筒が載せられており、立花藤兵衛はこれをさらに、後ろ側の2気筒ブロックを前側と同じ3気筒ブロックに改修した特注エンジンに載せ変えていた。
RC212Vそのままの4気筒ユニットは、もはや本郷の資質においてはテストの対象にもならなかった。ひとつだけ奇妙な仕上がりになっていたのは、排気管が4in2in6という、中低速域のコントロールを考えても、立花らしからぬ非合理な構成になっていたことだった。
が、実はこのサイレンサーのうち、下段左右の一対はダミーで、どこからか持ち込まれた超小型ロケットブースターを偽装したものだったのだ。1度の戦闘で1回しか使えないという代物だが、その暴力的な加速は、本郷の煩悩を吹き飛ばすばかりか、油断していると彼でさえ振り落とされかねない勢いを得た。
「親父さん、ものには程って言葉があるんだよ」
本郷は、やにわにじゃじゃ馬となってしまった愛機をどう乗りこなすか、使いどころを思案することが面白くなっていた。 |