《神ステーションからのサルベージ》

 悪の組織との戦いが一段落していたある日、兼ねてから計画されていたサルベージが、太平洋上で密かに行われようとしていた。
 海面下200mの大陸棚に横たわる鉄の箱は、かつて神ステーションと呼ばれた移動式海洋研究施設だったが、自爆の末海底に没してから長い年月が経っていた。

 三浦半島の実家に帰省していた神啓介のもとに、一通の手紙を添えた宅配便が届いたのは、一年前に遡る。
 『海の底で発見しました。ファイルに書いてあることは難しくてわかりませんでしたが、神啓太郎さんというお名前と住所と、たぶんあなたのお名前が書かれていたので』
 差出人は、住所不定なので、と携帯電話の連絡先だけを記していた。宅配便の送り状にも、住所は記入されていなかった。
 啓介は、送り主に電話をかけた。
 『もしもーし。2010の技を持つ男、五代です! ただいま冒険中でして、ほんのちょっと電話に出られません。必ず、必ずこちらからかけ直しますので、しばし、しばしお待ち下さい』
 意表をつく留守番電話の声に、啓介はあっけにとられた。


 五代という青年は、会って話をしてみると、どこか怪しげな軽さを持ちながらも、なぜか憎めない陽気さに包まれていた。その飄々とした風貌のなかに、しかし何か重く硬いものを背負った独特の雰囲気を持つ若者だと、啓介は直感した。

 ・・・俺と同じ匂いを持っている・・・

 200mの海底に、いったいどうやって行ってきたのか、何度たずねても、彼は答えてはくれなかったが、この偶然の巡り合わせによって、啓介は自分も知らなかった愛機クルーザーのオプショナルパーツの一部と、亡き父の残した一冊のファイルを手に入れることとなった。
 ファイルは耐水圧性の防水ケースに収められて、破壊されたステーションの中に漂っていたという。そのケースと一緒に彼が引き上げたものは、クルーザーのフロントカウルに増設するパーツであった。ファイルを検証することで、それが判明した。
 発見されたファイルは、クルーザーの深海潜水用ダイバーユニットの解説書だったのだ。
 ファイルによれば、ダイバースペックは深度1万2000mの水圧下でも行動可能なバラストタンクとメイン推進水流ジェットユニット、ソナー、増設エアタンク、ノーマルポッド(クルーザーの前部推進装置)とコンバートする補助推進水流ジェットユニットなどで構成されている。前後ホイールに下駄を履かせる形でユニットを装備し、このユニットにバラスト注水して潜行するものであった。

 「それらしきパーツも沈んでいるのを見つけたんですけど、一人じゃ引き上げられなくって。ただ、サルベージポイントははっきりしていますよ」

 五代の言葉に、啓介は心を動かされた。

 「これは親父が残してくれたものだ。それがまだ沈んだまま、引き上げられるのを待っているなら、俺はそこへ行かなくてはならない。五代君、俺ならばこれをサルベージできる。そこへ案内してくれるかい?」
 「もちろんですよ。行きましょう、冒険の海へ。俺もお手伝いします。いや、手伝わせてください」

 これが一年前の対話であった。
 そして洋上のサルベージ船から、紺碧の海へ挑もうとする二つの影が、積乱雲を背にして浮かび上がっていた。
 彼等の一年間の準備と計画が、いよいよミッションとして動き出した。

 後日、引き上げに成功したパーツをもとに、立花藤兵衛が予備の車体を改良し、クルーザー・ダイバースペックが再現されたという。

 

※いつものことですが、このエピソードはつくばーどオリジナルです。