《プロトタイプの重化合マシン?》
 世界的なロボット工学の権威である東博士が産み出したロボット犬・フレンダーには、その形態も質量も大きく変化させてしまう特殊能力が備わっている。
 陸上をより速く走るためのフレンダー・カー、大空を飛び回るフレンダー・ジェット、小型潜航艇のフレンダー・マリンに地底戦車フレンダー・タンク。それぞれ全く用途が異なり、動力伝達系統はおろか推進軸の位置さえ変わってしまうスーパーマシン。当然ながらこれらは“主人を搭乗させる”ことが前提となっており、素体であるロボット犬のボディをいくら大型に設計したとしても、限度というものがある。
 なぜここまでドラスティックな変形が可能になっているのか。それは東博士の交友関係に秘密があったようだ。ここに5番目の形態、というより実質的にはプロトタイプと思われるサイドカー形態のスチルがある。各形態内では最も小型で、フレンダーの原型に近い「フレンダー・マシーン」の誕生に遡ることで、その秘密について推測を述べよう。これは、東博士がまだBK−1アンドロイドも新造人間計画にも着手する以前のエピソードだ。

 北欧の古城を研究室にしている東博士のもとに、ある日物理学者のオレガー・スッテル博士が訪れた。スッテル博士は新素材開発の第一人者で、重化合物の研究に従事していると噂されていたが、その研究成果は未だに発表されずにいる。
 一方、東博士はロボット犬の可動モデルを完成させてはいたが、それは犬というよりも馬のような巨体で、馬にしては象のような太い脚で、動くことは動いたものの、人間の生活をサポートできるようなレベルにはほど遠かった。
 スッテル博士は、なぜこのような巨体にする必要があるのかと尋ねた。東博士は、駆動系に使用している磁気フィールドシステムの小型化が追いつかないことと、犬のような歩行バランスによって地形を選ばず移動し、用途に応じては脚部に組み込んだ小型ホイールで自動車並みの速度を持たせたいと語った。
 しかしこの象とも馬とも呼びかねるモデル犬は、それらのスタディーを全く消化できていない。そこで、スッテル博士は交渉に及んだ。磁気フィールドシステムの研究データと引き替えに、全く新しい重化合物のマテリアルを提供することで、お互いのテーマを実現する2号ロボット犬を完成させようと。磁気フィールド理論は、新重化合物の膨張・収縮を安定させる力場として、スッテル博士が欲していた研究課題なのだ。
 東博士は提案を受け入れ、磁気フィールド理論を担当する上月博士を古城に呼び寄せ、新重化合物マテリアルによるロボット犬の筐体と駆動系開発に着手した。折しも上月博士は、磁気フィールドシステムの装置を抜本的に見直し、ロボット犬の体内と四肢にそれぞれ超小型の装置を分散配置して、マスの拡大を抑える方法に目途を付けたところだった。

 スッテル博士の重化合物は、プログラムされた形状を自在に記憶再現し、そのしなやかさとは縁遠いと思われていた強度も有していた。プロトタイプとなった2号ロボット犬は、大型犬よりまだ一回り大きなボディながらも、犬と呼べる大きさにまでサイズを落とすことができた。しかし2号は重化合物の採用によって、その2倍の質量にまで形態を変化できる変形能力が備わっている。
 彼等はまず、「フレンダー」と名付けたロボット犬に2名以上の搭乗能力と安定した走行性能を与える実験として、サイドカータイプのオートバイへ変形させるテストを行った。磁気フィールドに誘導された重化合物はいったん醜く歪み形状を崩すものの、どこにそれだけの質量が隠れていたのかと目を見張るほどの変化をもたらし、見事に大型の前後ホイールとボートを出現させ、安定した。磁気フィールドによる電子頭脳のシールドにも、重化合物が役立つことに助けられた。
 スッテル博士は、ゆくゆくはこの重化合物を人間が着用できる全環境対応型スーツに応用するのだと語った。だが完全な密閉空間となる重化合物内では、人体の皮膚呼吸ができないという問題を含んでおり、実証実験にはロボットのボディが必要だったのだ。
 成功の祝賀会の席で、スッテル博士は、ロボットの開発になぜ犬型を選んだのかを、東博士に質問した。東博士は照れ笑いを浮かべながらも、子供の頃に読んだ魔犬ロボットのマンガに触発されていたことを明らかにした。

 翌年、東博士には第一子が誕生した。フレンダーのマテリアルは第2段階、複数形状への変形・安定プログラム開発が始まっていた。プレ・ポリマーと名付けられた重化合物は、スッテル博士から耐圧殻としての性能試験を要望され、小型サブマリン形態へのプログラムが与えられた。このテストのために、フレンダーのボディにはそれまでの7倍もの質量に対応するプレ・ポリマー転換用ジェネレータが組み込まれたが、フレンダーを構成する様々なパーツやシステムの小型化も進み、ボディサイズの変化はなかったという。鮮やかなイエローカラーのフレンダー・マリンは、静かに海中へと潜航していった。

※おことわり 「新造人間キャシャーン」には、フレンダー・マシーン形態は存在しません。
 エピソードもいつものつくばーどオリジナルです。