《ダブルマシンの轟く爆音》
 飛騨奥山・木菟寺の仁王像内に封印されていた頃、ゼロワンは日毎、夜毎に夢を見続けていた。自分と同じ人造人間が、自分以上に不完全な姿でさまよい、苦悩する夢。その夢を通して、ゼロワン自身は自らのボディの構造設計、機能、性能を解析しながら日々を過ごしていた。
 夢と思われていた情報は、やがて、何処からかダウンロードされてくる、ゼロツー・ジローの記録であることが認識できるようになった。情報の送り主は、“良心回路”という、自分には組み込まれていないパーツの送信機能で、瞑想モードにセットされていた彼の電子頭脳が、待機電力のわずかな出力によって定期的に受信を続けていたのだ。
 ゼロワンには、彼を開発した科学者、光明寺の組んだ基礎プログラムの中に、イチローという別の呼称が記録されていることも解った。自分の名はイチロー。そしてデータを送り込んでくるゼロツーの名が、ジロー。
 ヒトの言葉で言うならば、悪の心と善の心にさいなまれ、苦悩し、何者かと戦い続けているゼロツー・ジローは、自分にとって“弟”ということになる。
 思考領域の拡張されたゼロワンには、良心回路がジローに何を強いて、ジローが何を勝ち取ろうともがくのかを、禅問答のように繰り返し問いかけ、答えを導き出そうと演算を続けた。
 “オマエナラバ、ドウスル”
 光明寺のプログラムから割り込んでくる、その言葉に対して、ゼロワンは一つの答えを導き出した。

 「俺は弟の苦しみを和らげてやることが出来ない。だが苦しみを受け止めてやることは出来る。ジローよ、今この場で動くことの出来ない俺には、お前の半身となってその苦しみを分かち合い、お前が求めている“ヒトの心”を学び取ろう。負けるなジロー、お前は常に、俺と共にある。いつかお前が助けを求めたとき、俺は必ずお前のところへ駆けつける」

 その日から、ゼロワンのボディーに変化が生じ始めた。白色で構成されていたナノスキンの体表が、脊髄の中心線からくっきりと左右に、青と赤に色素定着したのである。

 「これはジローの苦悩と決意の表れなのか。そのアンバランスな善と悪の心に、お前自身の回路がスパークしているのが解るぞ」

 ゼロツー・ジローからの、否、良心回路からのデータ送信は、やがて途絶した。ゼロワンはしかし、弟の消息を探索することが出来ず、途絶から3年の月日を沈黙のまま過ごすことになった。
 だが3年目のある日、突如、良心回路からの緊急通信が届き、ゼロワンは強制起動のスイッチを入れられた。
 ダーク破壊部隊壊滅という3年前の情報は、ジローに対する新たな驚異の出現によって塗り替えられた。今こそ、弟を助けるために立ち上がるときだ。
 ゼロワンは仁王像の封印を破壊して本堂の外へ出た。額内部の太陽電池が急速チャージを始める。ゼロワンは、良心回路から送られてくる通信が思いの外、近くから発せられていることに気が付いた。境内の端にある、焔魔堂の中だ。
 ゼロワンは焔魔堂の扉を開け放った。そこには絶えず通信を中継していたと思われる、1台のサイドカーが隠蔽されていた。
 「お前がジローと俺を結びつけてくれていたのか。俺たち2人をつなぐマシン、ダブルマシンよ、ジローの危機だ!」
 ゼロワンは白いマシンにまたがった。轟く排気音と共に、ゼロワンとマシンは山深い寺の山門を飛び出した。
 「ジローは海辺にいる。全速力で弟の処へ走るのだ!」
 ダブルマシンは良心回路の通信を辿り、矢のように峠を乗り越え、野を下り、海岸線を疾走する。

※つくばーどオリジナルの物語です。TV版、原作版、S.I.C版にもこのようなエピソードは存在しません。