「光の速度で1秒のところを、7年5ヶ月もかけてよく走るね」
「光と違って、らすかるは曲がることができるからね。寄り道と道草してたのさ」
 30万kmの道のりを超えて、らすかるは月までの距離を走り続けています。
地球と月の距離は約384400km、だいぶ近づいていますが、1台の新車がこ
れから走り出し、売りに出されるまでに等しい距離が、まだまるまる残っているよ
うなものです
 嵐田、そんななか、黒猫と満月との不思議な出逢いを果たすのであります。
「いい歳こいて美少女戦士?」
「全然違うわっ」
 これはかなり変則なつくばーどの、しかし新手の企画になるのかもしれません。

《Does the moon shine?》
 
 Blackcat.U-taという人は、BMW318の白いtiモデルに乗って、月が満
ち始めた夜、らすかるをたずねて利根川を渡ってきました。
 ハッチバックのBMWというのはコンパクトなのかと思えば、ハードトップ
のらすかるなどよりずっと大柄で、言ってみれば1600ノマドくらいの全長
がある。
「モニターで見ているフォトギャラリーの雰囲気と違って、小さなクルマなん
ですね」
 だから、らすかるの現物に対して最初の一言は、こんなだ。
 ぴかぴかの入れ立てのハルトゲ17インチなどをおごった318tiは、そ
れだけでエスクードの16インチホイールを威圧するような迫力。夕刻まで関
内あたりにいたそうで、湾岸とC2を乗り継いで、2時間足らずでやってきた
U-taさん。ただ30万キロを超えたらすかるを見るだけのために、である。そ
のくせ、自分のクルマのことは何一つわからないという。
「エンジンフードの開け方もわからなくって」
「それでもクルマって、走っちゃうんだよね」
「暖かくなったでしょう? 走るのがとっても楽しいんですよ。嵐田さんはお
仕事で毎日走っていると、苦痛なこともありますか?」
 


「無くはないけれど、自分だけのために走ろうと思ったときは、その苦痛の一
万倍も楽しいよね」
「それはやっぱり、月が満ちてくるときですか?」
 以前、満月期になると浮かれ出るのだという話を、ネット上でしたことがある。
それが狼のようなものではなく、狸のさまよいだと思われていたかもしれないが、
実際、このとき頭の中には、数日後にやってくる満月の日のツーリングを企てて
いた。
 ツーリング・・・それは正確な言葉ではない。僕の場合は、wanderingと呼んだ方がいいかもしれない。
「近々、出かけるところがあります。あなたが僕に会いに来てくれたように、僕も沢山、会ってみたい人
がいて、そのなかで、まず一番先に合いたいと思っている人のところへ」
「それはどなたですか?」
「僕と同じように・・いや、僕とは少し違った形で満月に魅せられている人ですよ」
「同じではないの?」
「決定的に違うところがある」
「なんでしょう?」
「彼には品があって、僕は粗野ってとこかな」
 U-taさんは、くすっと笑った。