《I continue a wanering to the Moon》
 避暑地ではない軽井沢に初めて触れた。
 ごく普通の軽井沢町の日常である。
 ゴールデンウイークは、軽井沢のシーズンインであり
その直前に巡ってきた満月を迎える日。町は開店準備に
入って、なんとなくそわそわとしていた。
 まるで、旧国道18号の碓氷峠で見てきた、山の木々
の若葉が芽吹いてくるような、生き生きとした雰囲気。
これに今まで気が付かなかったのは、きっと峠の向こう
から大挙してやってくる観光客のノイズのせいだ。
「ようこそ軽井沢へ。きっとすてきな発見があると思い
ますよ」
 le gitane blueという人は、この小さな町に抱かれな
がら、自らを鍛錬している人だった。
 
 NA6CEの白いユーノス・ロードスターの幌を取っ払うほどに暖かな晴天。
 頭上の浅間山が一日中くっきりと見えている日も珍しいのだそうだ。
  彼は唐松林を抜けて、唐松林の中にある静かな喫茶店に僕を誘導する。 
 205XSのPeugeotに乗っていたことのある彼は、スクエアな顔立ちのエス
クードを見ても、なじみのデザインだというように違和感を表情にしない。
「なんだか本物のらすかるを見るのって、ちょっと嬉しいですね」
「そんなことを言ってもらえると、かなり嬉しいですよ」
 そう、お互いにモニター上の活字のメッセージでしか、お互いを知らない間柄であった。
 が、図々しさが板に付いてしまった僕よりも、彼はずっと懐が広く、僕をいつも以上におしゃべりにさせてくれる。
 あっという間に時間が過ぎる。遅い昼食をどうしようかとたずねると、

「定食屋に行きましょう。意外な路線ですよ」
「面白そうだね。じゃあついていきます」


 その理由を知る人には、ロードスターとエスクードに、形からは見えない共通項が見える。
 しかし傍目には、奇妙な組み合わせの道行きに映るだろう。
 

  彼にとって軽井沢という町は、彼を映す鏡とも言える。
 それはしゃれた舞台でもステータスでもなく、どこまでも当
たり前の暮らしであり、仕事であり、そして休息。
 彼のそのすべての思いが、町を包み込む。
 本人がしゃれたメッセージを書きつづる以上に、静かに浸透
する月の光のように、その思いは町を包み込んでいる。
 するとどうだ。
 軽井沢の町は、人は、彼にとてもやさしい。
 町の人々は、静かな月の光が降り注ぐことを知っていて、そ
してその心地よさに応えているかのようだ。
「来週から、お互い頑張りましょうね」
 彼の行く先々で、彼を知る人々はにこやかに、この同じ言葉
を交わす。
 通りすがりの旅人には入り込めない、土地の表情。それなの
に、通り過ぎるだけの避暑地としてしか見ていなかった軽井沢
への偏見は、実は自分自身の中にあったのだと気づいた。町が、
とても身近に思えた日。
  彼がいつも買い物をする煙草屋で、帰り道のためのSeven starsを買い求める。
「ツーショット、撮りましょうか」
 le gitane blueの青い箱が差し出される。
  Seven starsを差し出すと、彼がシャッターを切る。
「また来てください。満月になったら」
「ありがとう。必ず来ますよ」
 再び、碓氷峠を引き返す。白いロードスターと残雪を纏った浅間山に見送られて。
 満月は、帰り着く頃、東の空に登り始めていた。