《On the far side of the moon》

 その満月の夜からしばらくして、再び碓氷峠を駆け上った。
 雨に濡れたコーナーを、飄々とくぐり抜けていくエスクード・ノマドは、少し前からオンラインで交流を始めていた“pakuさん”(現 儂さん)のドライブ。松本の郊外に居を構える彼は、この日、僕が軽井沢を訪ねることを知り、早朝の峠まで出迎えてくれたのである。
 「徹夜仕事をしていたら、すとらいくらすかるを見たくなって」
 「ほんとにノーマルのノマドですね。これでどのくらいの廃道に行くんですか?」
 初対面。けれどもそんな意識すらない。そのまま意気投合して、近場の林道をめざす。が、今日はこのあとやって来る“雨使いのBMW”の余波を受けた豪雨のために、入り口から閉鎖の憂き目。
 軽井沢を一度離れ、峠の釜飯屋が開くドライブインで、エスク談義を繰り広げる。
 彼はもともと40式ランドクルーザーで廃道をトレッキングしていた人だが、いつしか、無改造の四駆で行けるところまで行きたいという思いに駆られ、たまたま手に入れたノマドを使って、トレッキングを再開していた。
 今でこそ山男風味の「エスク道」などというガラの悪い勇ましいサイトを運営しているが、以前の彼のサイトは、自然に対して真摯なスタンスで四駆を走らせる、大人っぽいテーマを追求していた。これは久しぶりに、自分よりも経験を積んだ、年上のエスクード乗りに出逢うことが出来た。

 と、思っていたら、この野郎彼はなんと、僕よりも10歳近く若い青年だった。サイトのメッセージや、電話の低く落ち着いた口調に、すっかり騙された。
 いや、経験の高さは、本物なのだが。

 つかの間のエスク談義。中断させるのは名残惜しかったが、彼とは再会を約束して、午後の軽井沢に足を向ける。
 ロードスターミーティングから流れてくる、彼等と落ち合うために。



《And, in the evening of the moonlight night》


 雨の軽井沢から1年と少しの時間が流れ、2004年の冬を迎えた。
 すとらいくらすかるは、月軌道への片道距離を走り抜け、月から離れようとしている。
 その日、儂、と改名したpakuさんが、豊科で夜会を開くというので、ふと思い立って昼下がりの東京湾岸をあとに、京葉道路に乗り入れた。
 豊科ならば、都内を縦断して中央道ルートが合理的だったが、頭の中では関越道と上信越道まわりで、丸子から三才山越えの道のりを描いていた。
 ひょっとすると、という予感があったからである。
 軽井沢の彼が、冬の間に限って、ロードスターのリリーフとしてエスクード・ノマドに乗り始めたことを聞いていたからだった。彼とは静かな交流が続いており、夏と秋にも訪ねているのだが、一緒にツーリングをしたのは、1年前の春だけだった。
 ひょっとすると、しかも同じエスクードで?
 そんな悪戯な思いを考えるのは、しかし僕以外では常識ではないかもしれない。
 ところが、彼もまた、豊科へ進撃する悪だくみを思い描いていたのである。
 かくして儂さんとle gitane blueさんとの再開、彼等の邂逅は、劇的に果たされた。ホンダライフをカスタマイズする若者、ひろきさんとの出逢いも果たすことが出来た。
 月夜の晩には、何かが起こる。