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ケニアのマサイマラ国立保護区は、総面積1,672平方kmにわたって動植物の生態系が保たれている。その保護体制はナロック州とトランスマラ州に分けられ、「マラトライアングル」と呼ばれる520平方kmの地域が、2001年から非利益組織「マラ・コンサーバンシー」によって管理され、保護区の外には約7,000人のマサイの人々が居住している。この地は元々、牛、ヤギ、羊などの家畜で生計を立てている半遊牧民・マサイ族の放牧地だったところだ。 野生動物と共存してきたマサイ族たちが、欧米の価値観に基づく野生動物保護政策によって追いやられ、国立公園や保護区が作られたのが、アフリカの歴史。しかし野生動物には保護区の線引きなど無縁であり、畑に被害を受け、家畜がライオンに殺され、人がゾウに殺されたりする。一部のマサイの人々にしてみれば野生動物は害獣であり、「保護することにどんな意味があるんだ?」という主張もある。近年、野生動物のみを保護し周辺住民を無視してきた自然保護策の間違いを指摘し、地域社会密着型の保護対策が重視され始めているという。 獣医師の滝田明日香さんは、マラ・コンサーバンシーが進めるマサイマラ巡回家畜診療プロジェクトに携わっている。 |
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「野生動物保護のキーパーソンは観光客や研究者ではなく、『毎日水を汲みに行く時に動物と遭遇してしまう地域社会の人々』なんです。その土地に住む人たちが『なぜ動物を保護する必要があるかのか』を理解してくれない限り、保護政策は前進しない」 滝田さんは、ご自身のブログ・エッセイにて述べる。 そのような環境の中で、牛だけでも20,000頭以上と言われるマサイの家畜に対して、トランスマラ州では、地区獣医局による巡回指導以外には正規の獣医療サービスが無く、病気になった家畜はマサイ自身が薬を薬局で買い、適正な処方と知識を持たぬままに、独自に治療するという現状がある。 この地域では熱帯風土病の多くが慢性的な症状を起こし、家畜死亡、体調不良や生産レベルの低下を伴う。家畜の健康状態は、マサイの生計に大きな影響を与える。家畜診療による家畜健康維持は、マサイの生計の向上に欠かせない課題だ。彼らが自らの手で家畜の風土病に対処できるようにするには、家畜の健康管理や薬品の使用法、服用法を教えていく必要があり、マラ・コンサーバンシーが「マサイマラ巡回家畜診療プロジェクト」を立ち上げ、活動している。滝田さんは、巡回診療スタッフの1人だ。 「保護区の存在は、野生動物だけでなく、地域社会をも大事にしている。それを証明する手法の一つが、獣医師の派遣です。そして、彼らの家畜の健康状態が向上することで家畜からの利益が上がり、また野生動物がマサイと彼らの家畜と共存出来る土地も保護されます。このプロジェクトは、保護区と地域社会の架け橋なのです。将来、マサイの人たちの中で獣医や家畜アドバイザーを育て上げ、彼らが自分たちのコミュニティーの中で家畜の病気と戦っていけるようになれるのが、私の夢だと思っています」 滝田さんがサバンナを移動する手段として選んだのが、エスクード(TA01W、93年式ヘリーハンセン・リミテッド)であった。2003年に、現地の日本車の中古車輸入販売会社から手に入れたそうで、フィールド治療に荷物を満載して出かけていく。積み込む荷物は顕微鏡、手術道具、薬品、教科書その他。タイヤにはチューブを入れ、GPSも屋根のキャリアも必需品。車載バッテリーとインバーターでノートPCや顕微鏡の使用環境を確保する。現在、107,030kmを走っている。 自宅ではエンジンルームに鼠が巣くい、配線からウォッシャータンクをかじりまくられ、シマウマの検死に夜呼び出されてヘッドライトの明かりで作業をし、野営の最中に象の群れに取り囲まれ、バッファローに威嚇されて車中泊を余儀なくされ、爆睡している間にライオンがうろついていたとか。 「大丈夫、大丈夫。彼女はここら辺のすべてのマサイを知ってるから。あの車が泥にはまっていたら、絶対どこかのマサイが知らせにくるよ」 夜遅くまで戻らなくても、そんな対話があるそうだ。 マサイ・マラ国立保護区では、四輪駆動が極限まで酷使される。「車もそのために作られてきた」と、滝田さんは言う。 ブッシュを往く実用性として、滝田さんがいずれほしいと考えているのはランドクルーザーかハイラックスダブルキャビン。ランドローバーデイフェンダー110、ベンツの四駆を高く評価している。それらは一長一短だそうで、ベンツの四駆は泥に強くて絶対にスタックしないが、ナイロビでは部品が手に入らず、修理代も高額。ランドローバーはランドクルーザーより軽くてスタックしないが、長時間運転には向かないシート。ランドクルーザーとハイラックスは、車重が災いしてよく泥に沈んでしまうという。 さてエスクードはといえば、 「車体が軽く、ほぼスタックすることはなくて泥には強いけど、ガタガタ道で跳ね過ぎて、長時間の運転は疲れます」 サバンナは、草原が砂漠化していく、荒野と緑の狭間の世界。滝田さんは、そこに生きる全ての命について考えながら、泣いたり笑ったり怒ったりして受け止め、飛び込んでいる。彼女をして「宝箱」と言わしめるサバンナの生命。そのライフスタイルの傍らに、オパールブルーメタリックのエスクードがドクターカーとして在る。サバンナが宝箱なら、彼女とエスクードは、サバンナの宝石だ。 滝田さんの奮戦記は著書「サバンナの宝箱」(幻冬舎刊)にてご一読を |
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