sorry.
This corner is made only in Japanese.
3畳ほどの執務スペースが受付カウンターで区切られた店内は、展示車両を1台入れたら、あとは商談テーブルと4脚の椅子しか置いておけない。店舗の裏手には2台分のピットと駐車スペースがあるけれど、この大都市の中では見落としてしまいそうな小さな販売店だ。
にもかかわらず、壁際にはアクアラング用の道具が立てかけられ、譜面台が置かれ、カウンターの奥には大きな楽器のケースが陣取っている。
この狭い空間に、どうやって展示車を入れたかのテクニックは、ちょっとしたミステリーの素材にさえ使えそうだ。
店長はチェロをたしなみ、スキューバダイビングにいそしむ傍ら、自ら所有しているハードトップのエスクードで、山道を走るのを楽しみとしていた。
店長のエスクードは一風変わった、左ハンドルの赤い車体。カタログにはない北米モデルだった。店長が発起人となって、販売店ネットワークがメーカーに掛け合い、53台を正規に逆輸入販売した、SIDEKICKだ。
この店が、年間どれほどのエスクードを売り上げているのかは、顧客の知るところではないが、多くの顧客は、ここに相談すると、カタログに載っていない海外仕様のパーツや、希少なノベルティグッズを手に入れられることを知っていた。
まだホームページ自体が珍しかった時代だが、店には独自のホームページがあり、それを頼りに全国各地から、エスクードユーザーのオーダーが寄せられていた。
エスクードそのものを買い求めに訪れた顧客は、必ず二度、店長の案内で山道を走ることになっていた。
最初は店長のSIDEKICKで。二度目は納車されたエスクードで。
エスクードとはどんな4WDで、どの程度の性能を有しているのか。
店長は常にそのことを試乗で伝え、そしてドライバーに対する慣らし運転として、顧客に伝える営業を行っていたのである。
もちろん試乗の時点ですべてがうまく成約できるわけではなかったが、車の良し悪しを正しく伝えることで、顧客が本当にこの車がいいと判断してくれることを、店長は第一に願っていたからだ。
そしてこの店からエスクードを買った客にも、それ以外の方法でユーザーとなった人々のエスクードに対しても、店長は親身になって相談を受け、整備や修理を引き受けた。
90年代の初め頃、1台のエスクード・ノマドが納車された。
二十代半ばの男女が顧客であった。
ふたりは恋人同士で、名義は女の子のものとされ、男の方は車選びの手助けをする形で、いつも一緒に店にやってきていた。
納車の日の山道へのツーリングは、往路を彼女が、帰り道を彼氏が運転した。ノマドは店長のSIDEKICKと異なり、多バルブ化されて長距離運転が楽なものとなっている。ふたりとも、試乗の時とは違う扱いやすさに、ノマドを大いに気に入った。
法定点検のときも、季節のタイヤ交換のときも、いつでもノマドはふたりを乗せて店長のところへやってきた。
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