店長はある日、ちょっとした驚きを覚えた。
 あのふたりが預けに来たノマドの最初の車検手続きをしている時に、積算走行距離が20万キロに達していたのである。
 記録簿を引き出してみると、納車直後の1ヶ月点検の頃こそ世間並みの走行距離でしかなかったが、最初にタイヤを入れ替えたのが、ノマド購入からわずか1年半程度。オイル交換もよそへは行かず、律儀に持ち込んでくれているが、その交換頻度は2ヶ月に1度だ。
 2年目には整備期間の間隔が長くなり、記入された距離の伸びも少し少なくなっていたが、相当なペースで走っていることはなんとなく気がついていた。平均するとほぼコンスタントに、1ヶ月あたり5000キロオーバーで使われているのである。
 営業車でもあるまいし、この走行距離は尋常ではない。
 どこにどう出かけてきたらこうなるのか、店長は大いに気になった。しかしこまめな点検が功を奏してか、エンジン関係にはさほどの損耗も見られず、電装品も健全だった。さすがに足回りはショックアブソーバを一式新調しなくてはならなかった。
 店長は手続きの途中で電話を入れ、整備をどこまで行うかについて問合わせた。するとその日の夕方、珍しく所有者の彼女だけが店にやってきた。彼氏はまだ職場から帰ってきておらず、帰宅が深夜に及ぶだろうから、1人で来たのだと彼女は言った。
 店長は、オーバーホールも視野に入れたメニューも含め、いくつかの整備案を説明して、金銭的にも負担の少ない案を勧めた。彼女だけでは判断できないかもしれないので、ふたりで相談して決めて欲しいと付け加えた。
 その対話のついでに、普段、どのような使い方をしているのか、店長はノマドのことを尋ねた。
 彼女は恥ずかしそうに話し始めた。

 実は彼女は、ノマドを購入してから、ほとんど運転をしていないのだという。
 日常、ノマドを使っているのは、職場までの通勤で彼氏が常用している。彼氏の職場は、その仕事の内容から一定期間で現場が変わることから、近場の時もあれば、片道200キロ近いところへ長期間出向くこともあるらしい。
 ところが彼氏は毎日、彼女のところでノマドを借り受け出勤し、どんなに遅くなっても必ず帰宅してノマドを返却し、自分のアパートに戻って、翌日またそれを繰り返しているのだそうだ。
 ふたりは結婚していないので、仮に彼氏が遠くの現場に住み込みとなっても、単身赴任というわけではないが、彼氏自身がそれを嫌がって、非現実的な長距離通勤をしている。職場の同僚と居酒屋に行くことはなく、付き合いがあったとしてもファミリーレストランでタバコを吸いながら雑談し、適度な時間で引き上げてくる。
 彼女は毎日、ノマドとともに彼氏のための弁当を作って、送り出しているのだと、はにかみながら答えた。
 なるほど。と店長は既に3度もタイヤを交換したことに合点しながら、呆れもしつつ、ふたりを微笑ましく感じた。
 そういえば、彼氏はなかなかのヘビースモーカーで、来店の折には灰皿が吸殻でいっぱいになっていたが、その割には、ノマドの車内からタバコの匂いがすることはなかった。
 しかし、そのような日々が今後も続くとなると、いったいあのノマドはこれからどれほどの距離を刻むことになるのか。その時の店長には想像もできなかった。

 その後、阪神・淡路大震災の折には、初めて彼氏が現場から戻ってこられない事態も起きたが、ノマドはこれといった故障も経験せずに走り続けた。
 5年目からオイル漏れが顕著になったものの、オイルシールの交換で事なきを得たし、樹脂部品も早めに入れ替えたいたため、エスクードの修理では時折見られたクーラントがホースの劣化亀裂から漏れて真下にあるオルタネータを痛めるというトラブルも、このノマドは回避できた。
 唯一、プラグコードの不良による点火系の不調で、3気筒しか動かなくなるという事態があったが、これは16バルブとなってからの初期のエスクードに頻発したリコールとも言うべき症状で、ドライバーの責任にはならないものであった。
 2度目の車検が巡ってくると、ノマドのオドメータは35万キロを超えていた。ここからさらに、彼氏の職場が遠距離に移ったらしく、距離の伸びが跳ね上がり、エンジンのノイズも大きくなっていた。店長はふたりに説明し、エンジンをおろしてマウントブッシュを交換し、ヘッド周りだけでも念入りに整備することを勧めた。
 店長のSIDEKICKはいつしか国内仕様のエスクードに、店内の展示車はV型6気筒エンジンを搭載した2500ccモデルに変わっていたが、彼女は関心を示さなかった。

 
       
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