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 2018年 春

 今井勝磨さんはこの13年で2台のエスクードを乗り継いだ。
 「エスクードに乗るきっかけになった人が2人います。1人は、父です」
 彼の父、勝男さんは90年代にトロントで仕事をしており、グランドビターラ(日本で言う二代目の初期型V6‐2500)に乗っていた。
 「頑丈なラダーフレームにトルクのあるV6。ハイウエイを長距離走り続けられて、悪路や雪道でスタックしても車体が軽いから容易に脱出できる。北米じゃ38000$もしたけれど、力任せのシボレー・サバーバンなどよりずっといい」
 勝男さんが当時を話し出すと、勝磨さん以上に少年の顔になる。
勝磨さんもこのグランドビターラに触れている。それがエスクードとの出会いとなり、2005年に93年式の1600ノマドを購入した。
「排気量は小さいけれど、走りの雰囲気はグランドビターラと同じでした。日本の実家のセダンの車検時に借りたものだったのですが、気に入ってそのまま譲ってもらったんです」


 その頃、雑談のさなか勝男さんが言った。
 「日本に変なユーザーがいるだろう? V6ショートで、走行距離は月まで走ってるんだ。やっぱりあの車は頑丈なんだよ」
 勝磨さんはインターネットを介して、月までの距離を走り、さらに地球までの道のりを走り続けるユーザーを見つけた。それが2人目だ。
 「いつだったか、そのサイトの更新がしばらく止まったんです。事故で全損したらしく、残念なことになったなと。ところがある日、情報が更新されて、V6の3ドアから2500の5ドアにスイッチされていた。もう一度やるのか?って、胸が熱くなりました」
 勝磨さんはすっかりエスクードのファンとなり、今度は2000ccモデルを探し、10年落ちの中古車だが直4エンジンのヘリーハンセン・リミテッドを選んだ。
 「予想通りに進化した車でした。なぜ97年式ヘリーハンセンかというと、エンジンは違いますが例の月まで走ったエスクードと同じ車体色で、外観はスイッチされた二番機と同じパーツが架装されていたからです」
 下取りに出すつもりだったノマドは、帰国した勝男さんが乗り継いでくれたが老朽化も進み、2011年夏、勝磨さんは後継機としてV6‐2500の初代エスクードを手に入れ、勝男さんに提供した。
 「エンジンがあのグランドビターラと同じ、懐かしい音がする。倅、わかってるじゃないかと。喜んで受け取った」
 しかし、この頃から勝磨さんのエスクードはラジエターやオイルシールの破損頻度が増え、この夏までで退役を決意した。33万キロを走った。
 「月まで届きませんでしたが、2人目のユーザーを通じて沢山のエスクード仲間と知り合えました」
 勝磨さんはもちろん名残惜しいと思っている。勝男さんはそれを聞きおよび、
 「何度でも直して1台を乗り続けるものだと思うんだよ。月へ行って、帰ってくるというのはただ事じゃないんだ。ここはひとつ、私が買ってもらったV6を譲ろうかな」
 と発破をかける。親子二代のエスクード談義はこれからも続くことだろう。



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