クロさんとエスクードが初めて天狗の森にやってきたのは、エスクード誕生30周年の記念イベントのときだった。
 老体化して各所に故障や不具合の生じていたエスクードのメンテナンスについて、まだ会ったことの無いエスクドユーザーに助言を求めてのことだった。
 1993年式の5MT1600ハードトップは、それでもきちんとミッションが入り、決して粗雑な扱いは受けていなかった。

 あれから35周年の記念イヤーも経て、クロさんの行動半径が想像していた以上に広いことが分かってきた。関東地方はほぼ縦横無尽に出かけていき、あちこちの寺社仏閣廻りやしゃれたカフェの発見、美味しいベーカリー開拓など、休日を利用したツーリングはすべて日帰りで行われていた。
 つくばーど®としてはつわものツアラーだと讃えてきたのだが、クルマの方は次第に疲労が蓄積され、彼女はやむなく2024年5月で退役を決意した。
 奇しくも天狗の森には本格的なコーヒーを飲めるカフェがオープンし、林道で峠を二つ越えると老舗のベーカリーが美味しいパンを焼いている。
 「つくばーど®にエスクードで出かける最初と最後が天狗の森になることは、私にとって素敵なめぐりあわせになります」
 その快諾によってハードトップは何度目かの天狗の森を訪れる。


 天狗の森の裏山林道はこれまで、沢山のエスクード仲間が走ったところだ。クロさんがここに分け入るのは初めてだが、林道自体の難易度はさほど高くない。
 あらためて思うことは、軽自動車より一回り大きい程度の初代エスクードは、車体の取り回しが非常に優れていて、非力ながらも軽い車体によって快適に山道を駆け抜ける。
 先導するコンバーチブルは4ATでイージーに登坂するが、クロさんはマニュアルミッションを手慣れた操作で軽やかについてくる。テンロクショートの初代がバディを組む機会もめっきり少なくなっており、貴重なショートツーリングとなった。
 「次の愛車でどんなところへ出かけられるか、とても楽しみです。次のも5速ミッションですよ。何に乗るかはまだ秘密です」
 二つの峠を越えた隣町のベーカリーに併設された喫茶店での昼食時、クロさんはエスクードの退役を残念がりながらも、また一緒にイベント参加できる日を心待ちにしていると話してくれた。
 また一緒に・・・?
 そうか。彼女が次に走らせるのは・・・