クロさんのエスクードがいよいよ退役の日を迎える。その日はスズキエスクード36年目の誕生日でもあった。栃木県の日光大室高龗神社でお祓いを受けると聞きつけ、お見送りに向かう。

 日光大室高龗神社は、神主の趣向で「四駆専用交通安全御守」が手に入る、クロさんお気に入りの社だ。祭神は雨をもたらし五穀豊穣を地に与える龍神だが、この日はクロさんのエスクードのために適度に雲を流れ込ませ、夏日から境内を護る。風も穏やか、程よい陽射しだ。
 エスクードは四神に囲まれた結界の中にいた。参道を登った本殿からは祝詞をあげる声が響く。ややあってクロさんと禰宜が下りてきて、26万キロを走った車体にお祓いを施し、御神酒をふりまく。

 「車のお祓いをされているんですか?」

 「1993年からただ一人の所有で走ってきた車です。彼女も根気強く整備や修理を続けてきたのですが、いよいよ古い部品が出なくなってきて。これにて引退です」

 「そんなに愛されている車なんてなかなかありませんね。感動しました」

 観光で訪れた見知らぬ参拝客との対話だ。その人たちにも見守られながら、エスクードはエンジンを始動させる。直四らしいしっかりとしたイグニッションと共に、G16Aは元気に動き出す。本当に残念なことだが、この日で任意保険が満了する。クロさんは悩んだ末にエスクードの退役を決意した。


 お祓いを担当してくれた禰宜も優しい声をかける。

 「随分前から見かけなくなっているエスクードですから、よくぞここまで維持してこられたと思います。こうして眺めていてもいい車ですよね」

 実はジムニー乗りの神主は所用で不在だったが、記念にとスパークリングワインを用意してくれていた。え? 日本酒じゃないのか?(どうでもいいだろうそんなこと)という笑いも出ながら、お祓いは滞りなく済んだ。あとはクロさんに随行して、本当にラストツーリングとなる時間をどんな風に過ごすかだ。

 「日光で開いてもらったつくばーど®ですから、やっぱりかき氷ですね」


 神社と同じ敷地にある蕎麦屋で出ているかき氷は大室の名物だ。しかし週末の昼どきでかなり多くの車が来ており、店内が満席であることはひと目でわかる。

 「大丈夫です。旧今市の中心地まで行きますよ」

 というクロさんに案内してもらったのは、よく団子を買いに行く際利用する道の駅からも見える、観覧車のある地元のスーパーマーケットだった。最上階に喫茶レストランがあるのだという。
 日光ならではの天然氷を使ったかき氷をいただきながら、他愛もない世間話をする。それでも話題はエスクードに戻っていく。和邇さんから激励のメールが届く。

 『新生"エス"くんの後ろで守護霊になってくれることでしょう。お疲れ様でした、ご苦労様』