「つがるって、どの県なの?」
 「津軽というのは、青森県の地方の名前だよ」
 「あおもりけんって、とうほく地方だよね」
 みちのくは、まだ子供たちにとっては未知の国なのだ(それが言いたいのか?)
 座布団でつくった東北図を見ただけで、彼女たちは目を輝かせて、日本列島の広がりを楽しむ。
 じゃあ行っちゃえ、つくばーど in 青森が、いきなり始まったのである。
《つくばーど in 青森》

 8月29日(金)  ゆくぞみちのくに。で、青森県奥入瀬渓流にやってきた。
 秋田県側の大湯から、十和田湖を見下ろす発荷峠への上りにも、大湯川の渓流がある。そちらは自然の生態系の変化によって下草が生い茂り、風光明媚な渓流とは言い難い。
 そういった対比を持ち出すまでもなく、奥入瀬渓流は絵になる美しさを持っている。
 十和田の噴火による火山岩と火山灰によってできた奥入瀬の地形・地質では、下草が生い茂ることはなく、朽ちた樹木は朽ちたまま、渓流の景色にとけ込むのだという。
 水面との高低差数十センチというところまで、国道が迫っている渓流に、これだけの美しさが整っているところは、全国的にも数少ないかもしれない。2キロほど、クルマを置いて歩いてみて、つくづく思ったことは、「マイカー規制には反対だ」ということだ。
 乗鞍スカイラインと同じである。ここをこのまま残しておこうというのであれば、マイカー以外の内燃機関を持つ全ての車両もシャットアウトすべきなのだ。
 それができない理由はないと思う。できないなら、規制をすべきかどうかは疑問なのだ。たとえばここを下りのみの一方通行にして、新規に開通するバイパスを上り専用にするという手法を講じてからでも、遅くはない。
 しかしそれは通らない理屈だろう。
 その上で、環境保全を高飛車に打ち出すよりも、渋滞して危険だから規制するという、町の言い分は、方便としてわかりやすく感じた。
 早朝の平日、人のいない奥入瀬を贅沢に楽しんだ。
 それが運命のすれ違いの始まり。
 まさかその直後、あの白いロードスターがこの場所に現れるとは思いもよらず、僕らは102号線をあとに八甲田に向けて移動を始め、しかも103号線からもはずれた裏道で田代平に抜けてしまうのである。 
 田代平は混雑していた。時間的にも人が上がってくるくらい経過している。
 早めにここを切り上げ、酸ケ湯に至る途中の「ふかし湯」なるポイントに立ち寄る。温泉の熱を箱で封じ、この箱の上に腰掛ける。当然熱い。その熱によって部分サウナとする仕掛けのようだ。
 ここで白髪爺さんから電話が入る。
 そう、硫黄の臭いが立ちこめるだけの八甲田の山深い森の中で、電話が通じる。携帯電話ってすごいなあと、本当にこの瞬間、初めて思った。

「すれ違うかと思って上がってきて、奥入瀬の上にいるの」

 地元のユーノスロードスター乗り、白髪爺さんとは、15:00過ぎの待ち合わせをしていた。
 午後イチでお仕事が入っているというから、白髪爺さんの予定が空くまで、どのくらい十和田から八甲田の山並みを楽しめるかで、先を急いでいたのが仇になった。
 白髪爺さん、お仕事に出かける足で、わざわざ十和田まで上がってきてくれたのである。

「ごめんなさいっ。こちらはもう酸ケ湯の手前まで来てしまっています」
『あれれ、そうですか。じゃあ私はこのまま仕事に出ますから、待ち合わせの工芸館で落ち合いましょう』

 やー、本当に申し訳ない展開になった。

 酸ケ湯でちょっと足を止めたものの、いささか眠気も出てきたことと、子供たちが「お昼ご飯食べたい」というリクエストを出してきたこともあり、予定していた萱の茶屋方面を明日に延期して、直接黒石方面に下ったのである。
 これがまた運の尽き。
 白髪爺さんが僕らを追いかけてくれていることなどつゆ知らず、一気に麓へ駆け下り、田舎館村の道の駅で昼食をとり、岩木山の遠望を撮影したり、黒石の街のこみせ通りを見物したりで待ち合わせまでを過ごす。
 この間、白髪爺さんは萱の茶屋まで足をのばしてくれていたらしい。
 むむむ、合わす顔がない。って、会ってから聞いた話だけれど・・・
 15:00。雨の軽井沢でお目にかかった白髪爺さんと再会する。
 ロードスターはぴかぴかに磨かれていて、なるほどこれで奥入瀬の渓流沿いや八甲田の森を駆け抜けたら、これ以上ないくらいかっこいいぞ。ガレージに入り込むロードスターの隣に、森の深い緑のようなレガシイグランドワゴンがいる。
 白髪爺さんの基地である。
 1時間ほどおじゃまして、奥入瀬のこれからの話や、地方都市のこれからの話などをとりとめもなくする。
 白髪爺さんが、日記で時折見せてくれていたロードスターのコレクションや、ご自身が作った小物から大技の逸品まで、その数を一度に拝見できるのは壮観な眺めだ。
 その中に、既に日記にも姿を現した白テンのぬいぬいが、非常にかわいらしい。
 うちの羅須軽小僧と記念撮影をさせてもらう際、タグを見たら、この2体の製造元は同じメーカーであった。
 あつかましい珍客。ばたばたとやって来てはわらわらと引き上げる無礼にもかかわらず、白髪爺さんと奥様には暖かく迎えていただけ、感謝の言葉もない。