《発掘された特殊捜査用専用車両開発史》


 1980年代初頭、自動車架装・シャシー開発を専業する、とあるファクトリーは、ボディ外観をわずかな時間で別形態に架装する画期的な車輌製作に成功した。その架装形態変化のプロセスは企業秘密とされているが、当時、プロレス界で名を馳せていた人気覆面レスラーの専用車としてオーダーを受け、ごく普通のスポーツカーが、同レスラーの覆面イメージに沿った形態に架装備直しできるという凝った機能を実現したのである。
 この開発費は莫大なものであったが、同ファクトリーでは、緊急車両に同じギミックを与えることで、覆面パトロールカーへの需要を当て込んでいた。プロモーション用の架装モデルとして、救急車が消防指揮車に変化するという製作実例も試みた。
 しかし、この架装プロセスには致命的な欠陥があり、警視庁、消防庁の双方から「とても実戦配備はできない」とそっぽを向かれ、夢のスーパーカー・チェンジマシンは多額の負債を抱えて頓挫してしまった。


 警察用車輌、SP01を例にとって、指摘された問題点を、独自に調査した変形プロセスから分析してみると、実用化したとはいえ、運用には大変なリスクを伴うことが判明した。
 その最大の問題点を、仮に「ローリング・コクピット・システム」と呼ぶことにする。ローリング・コクピット・システムは、文字通り、変形初期段階においてAピラー部分からCピラー部分までのコクピットブロックが、車輌縦方向に対してローリングし、ノーマルルーフから専用ルーフへと入れ替わるものであった。この過程で、ドライバーにもヘルメット類が自動装着される仕組みであったようだが、常識で考えれば、回転運動の最中、車輌はオートパイロットに切り替えられたとしても、ドライバーの平衡感覚に支障を来してしまう。
 なぜこのような単純な問題点が考慮されなかったのかと言えば、初期に開発された「タイガーハリケーン」と呼ばれるスポーツカーが、超人的な格闘家である覆面プロレスラーによって運転されたためで、おそらく“彼”は、そのすさまじいローリング・コクピットの回転運動を“ごく当たり前のウォームアップ”としてとらえてしまったからかもしれない。
 トランクリッドの入れ替えは、電動ルーフトップの開閉技術として各メーカーが取り組んでいたが、エンジンフードの入れ替えも、前方視界を遮るリスクがある。左右フェンダー・ドアパネルの架装にも、一時的に車体をホバークラフトなどで浮上させる必要があり、これらの全てを盛り込むことは、1台あたりのコストが計り知れない。なにより、ローリング・コクピット・システムの保安上の問題が、仇となった。
 

 しかし、80年代末期になって、このトライアルを拾う動きが現れた。
 デモカー提供などで細々と事業をつないできたファクトリーに、一人の男が現れ、
 「なかなか素晴らしいテクノロジーだ。だが、運用プロモーションに関しては、日本で2番目だ」
 と語った。
 男は、このファクトリーに対して、ローリング・コクピット・システムを廃止し、変形プロセスを簡略化しつつ、通常時とは異なる装備を内蔵状態から稼働状態にポップアップできるよう改良の条件を提示し、特殊パトロールカーの開発を発注したのである。
 発注書類には、警視庁、消防庁からの協力合意サインも添えられていた。正式な発注者は「特別救急警察隊設立準備事務局 警視正 正木俊介」と記されていたという。


※ このストーリーは100%フィクションであり、登場する全ての組織・団体、
人物、固有名詞とも架空のモノであります。