《輝く勇気を今 尖らせて》


 首都消防局の消火現場に現れ、超高層建築物の火災に対応する巨大な梯子車。
 巨大、と一言で片づけられないほどのオーバースケールなこのマシンは、民間組織である巽防災研究所が開発し、救急戦隊が運用する「99マシン」のひとつ、レッドラダーである。
 梯子は左右2連式で最大54mの高さへ展開し、先端部には人間の手と同じ可動機構を持つ五本のマニピュレータが取り付けられ、これがバケットの役割だけでなく、握り拳を形成して構造物の外壁を突き破り、救助突入の突破口も開く。また、この拳と車体には大型放水銃も装備され、消火作業も可能である。
 専属運転士の巽マトイは、救急戦隊のリーダー、ゴーレッドとして救助作業やその他の任務に当たることが多く、レッドラダーは、通常の火災現場では初期活動にフォーメーション参加した後は、その巨大な給水タンクを首都消防局のポンプ車にも提供する固定機材としても活用される。
 

 99マシンは、2号車ブルースローワー(化学消防車)以下、グリーンホバー、イエローアーマー、ピンクエイダーの5台で一組の構成。いずれも30m級の全長を持つ巨大特殊車両(グリーンホバーを除く)となっている。
 これらのマシンは、災害現場への自走も可能だが、東京湾内の格納整備基地ベイエリア55から、超弩級貨物列車ゴーライナーによって搬送される。また、その搬送インフラの他にも、首都の各地には99マシンの幅員に対応した道路インフラなども整備されている。
 さらに99マシンには連結機構が備わっており、ブルースローワー、イエローアーマー、ピンクエイダーの組み合わせによって不整地専用2足歩行消火重機ビクトリーウォーカーとなる。このビクトリーウォーカーにレッドラダーとグリーンホバーが追加されると、ヒト型双腕2足歩行メカ・ビクトリーロボへとバージョンアップする。
 なぜこれほど大がかりな救助装備と、その運用に必用なインフラが、首都防災システムに組みこまれているのか。そこには、開発者である巽モンド博士の半生にまつわる数奇な物語があった。


《巽博士の半生〜Gの伝承・20世紀編》

 1999年に発生する太陽系の惑星交差配列・グランドクロスによる災魔一族の襲来を予知した巽防災研究所の巽モンド博士は、10年の歳月をかけて、災魔に立ち向かうメカニックやレスキューツールを開発した。と、云われています。
 1989年頃、巽博士は家族をも置き去りにして自らを隠匿し、研究に没頭し始めているわけですが、90年代以前の地球では何が起きていたのか。それは侵略と防衛の長い攻防の記録の蓄積でありました。
 これをすべて列挙していては枚挙にいとまがない。
 少なくとも、地球外生命体は古くから地球に魔の手を差し向けており、秘密結社を組織して改造人間軍団を作ってみたり、自ら率いるモンスターを投入したりのさまざまな侵略を繰り返し、一つの組織、一つの異星がこれを「地球側の抵抗」によってうち砕かれても、次が出て来るという悪循環が続いていたのです。

 そのひとつの事件として、1982年には、世界規模でオーラ戦争と呼ばれる異世界との攻防がありました。

 これは、地上の軍事力を凌駕する昆虫や龍の姿をした巨大甲冑の出現によって、世界各都市が壊滅に近い打撃を受けた事件でしたが、『巽消防科学資料館』を主宰し、消防・救急装備の歴史紹介と、将来の新世代装備を研究している巽博士にとっては、人間が元来備えている生体エネルギー、オーラ力の存在に初めて触れたことの方が大事件でありました。
 ここに、博士の研究テーマの一つである、生体エネルギー理論(仮称)のきっかけがあります。
 後に開発されるアンチハザードスーツや、ビクトリーロボの“通常動力”とは異なる“光を呼び、闇を切り裂く力”の根元が、このオーラ力との接触によって生まれたのだと、博士は考えました。
 巽博士がオーラ力に注目した理由は、生体エネルギー理論(仮称)の検証ステージが、他ならぬ災害現場であったためです。

 巽博士曰く
 「火事場の馬鹿力とは、人の生体エネルギーが未知の領域に拡大して作用することを言うのだ。平たく言えば、これは“気合い”であろう」

 オーラ戦争では、世界各国の主要都市が焦土化し、東京もその例外ではありませんでした。
 このとき、巽博士の長男マトイくん(5歳)は、先祖である巽家の火消し装束で、近所の火災現場に消火活動の手助け(実は邪魔になった)に行ったとか行かなかったとかいう話があるそうですが、それはまた別のお話。

 巽博士にグランドクロスの予言を与えた人物は、このあとに現れます。
 1983年、トランシルバニア王国の第一王女であるルナ姫が、博士のもとに現れるのです。
 ルナ姫は“ヨーロッパの宝石”とうたわれるほどの美少女でした。
 1967年のこと、訪米途中に旅客機ごと遭難する事件に巻き込まれており、日本のニュースメディアでもこの遭難事件は大きく取り上げられました。
 その彼女が、まったく歳を取らないその当時の姿で、異形の戦士とともに東京に出現したのです。
 代々の血を受け継いだ希代の超能力者でもあるルナ姫は、遭難の折りに宇宙エネルギー意識体「フロイ」の召喚を受け、380万光年彼方の宇宙へ旅をしていたのです。

 「宇宙の彼方から、一切の破壊を司る幻魔がやってくる。それは1999年のこと」
 ルナ姫は、フロイとの会見で、宇宙で行なわれている悠久の時を越えた幻魔大戦についての実態を知り、幻魔に立ち向かう決意を固め、異星のサイボーグ戦士・ベガを軍事顧問として地球に戻り、同士となる超能力者を探しているのだと、巽博士に告げます。
 巽博士は、超能力者ではない自分ができることは、人の力、人智を越える可能性をシステムによって支援することだと答え、しかしそのシステムを作り上げるためには、少なくとも現在の技術と財力では20年はかかってしまうと予測しました。
 ルナ姫は、本来の自分の時間軸である「過去」に戻って、巽博士の周辺で、研究支援が協力的に行えるような財政措置を執ることを約束し、ベガの時空転移能力によって過去へと去っていきました。

 一夜が明けて、巽博士はけたたましく鳴り響く電話によって目を覚まさせられます。
 外務省からの電話でした。

 『そちらは、巽防災研究所ですね。昨夜、ルーマニアのとある小国の王室から、防災研究に関する顧問研究官として、巽モンド様のご援助を要請したいと、外務大臣宛にホットラインがありました。
 ルーマニア政府の外交ルートを介さないデリケートな問題をはらんだ事項のため、電話ではこれ以上のお話ができません。ご多忙のところ恐縮ですが、外務省へご足労願いたいのですが』

 巽博士は、からかわれているのだと思いました。
 “巽防災研究所”とはなんの間違いか。うちは『巽消防科学資料館』だぞ。
 電話を切ろうとした博士のところへ、次男のナガレくんが慌ててやってきました。

 「とうさん、おうちははくぶつかんをやめちゃうの? おもてのかんばんがかわっちゃったよ!」

 なにっ? と腰を浮かした巽博士が、玄関へと確かめに行く必要はありませんでした。
 血相を変えた長男のマトイくんが、看板を抱えて飛び込んできたのです。

 「とうさんっ、これーっ」

 その看板には確かに『巽防災研究所』と書き込まれていたのです。
 巽博士は、電話を取り直して、すぐに外務省に出かけると伝えながら、腕組みをして考え込んでしまいました。

 「これは彼女の仕業に違いないぞ」

 何か得体の知れない事件が、身のまわりで起きている。
 昨夜現れた美しい少女の言っていたことは、本当のことなのか。
 彼女が時空を超越してこの地へ出現し、博士との約束を“過去へと持ち帰り”、その約束を履行した結果、歴史の流れに微妙な変化が生じたのかもしれない。

 「しかし、しかしだ。トランシルバニアのお姫様というところが問題なのだ」

 トランシルバニアの王国。
 王国とはいえども、それはルーマニアという国家の中の一つの民族の集団を示すはず。
 東ヨーロッパはローマ帝国をはじめとする民族の侵略・征服を繰り返しながら、ワラキア、モルドヴァ、トランシルバニアが近世までそれぞれ別個に発展してきたのです。
 第一次世界大戦のあと、ハプスブルグ家が崩壊し、トランシルバニアはルーマニア王国に併合されて「大ルーマニア」が出現します。
 しかしこのあと、ベッサラビア(現在のモルドヴァ共和国)、北ブコヴィナ(現在のウクライナの一部)をソ連に割譲させられ、北トランシルバニアをハンガリーに割譲させられました。
 第二次大戦後はソ連軍の進駐のもとに共産党政権が台頭するなか、ルーマニア共和国が宣言されます。
 ルーマニアはソ連に従いますが、デジ第一書記やマウレル、チャウシェスクなどの国内派党員が、それまで政権を掌握していた党内モスクワ派との抗争に勝ち、その追放に成功し、民族色を強めていました。
 1960年代に中・ソ論争を利用しながら自主独立の機運を高め、1964年4月に「国際共産主義運動に於けるルーマニアの立場」を発表して自主外交の基礎を築くこととなり、デジ第一書記政権の後に誕生したチャウシェスク政権は、1970年代から独裁色と縁者優遇の強権政治を司るようになっていたのです。
 これだけの社会のうねりは、優れた超能力者とはいっても、ルナ姫ひとりにはどうすることもできなかったのか、あるいは彼女の密かな戦いによって、東欧の火種が世界各地に飛び火することだけは避けられていたのかもしれません。

 このような時期に、ルーマニア政府の外交ルートを通さない、小国家からの密かな援助要請は、国際問題という壁に立ちはだかられ、巽博士個人の意志とは無縁のところで火種をはらむこととなってしまったのです。
 ルナ姫が航空機遭難にあった事件も、彼女が予知能力によって東欧の独裁政権が強まる前に、対幻魔のための独自外交を開始しようとした矢先の出来事だったのでしょう。

 「幻魔の影響力は、既に彼女の住むヨーロッパには芽吹いているのかもしれぬ」

 巽博士は外務大臣との非公式会見に臨み、事の次第を説明しますが、逆に思いとどまるよう説得を受け、一切の情報を口外しないよう、政府の厳重な監視網内に置かれてしまったのです。

 「これでは我が国も共産政治と変わらないではないか!」

 巽博士は憤慨しましたが、政府側からは、完成したばかりの筑波研究学園都市に所在する、各省庁直轄の研究機関において、博士の研究に必要なデータ収集と運用についての全面的な承諾をとりつけることとなり、またトランシルバニアの某王国との外交は、政府による正規外交として対策を講じる約束も得ることができました。
 こうして巽博士は、生体エネルギー理論「KIAI」の基礎研究と同時に、新素材を活用した汎用レスキュー機器の研究に着手するのです。


 1989年12月、運命の事件がルーマニアで勃発します。
 ティミショアラ暴動を契機としてチャウシェスク政権は崩壊し、イリエスク元共産党書記を中心とする救国戦線政権が樹立されました。
 ルーマニアの革命では、多くの人民の犠牲を伴い、多大な被災者がでました。
 それらのニュースの中で、ルナ姫の消息はようとして知れず、巽博士はいらだちを隠せなくなっていました。
 博士が開発に携わり、その都度政府や国際機関が採用していった汎用・専用機器の数々は、電撃戦隊をはじめ、光戦隊、超獣戦隊、高速戦隊などでの運用で、それぞれ成果を上げ始めていました。

 「まだだ、まだアンチハザードスーツの機能をフルに引き出せる素材には仕上がっておらん。広いエリアを専守防衛し、救助活動を展開するにしても、戦闘型メカの合体システムだけでは、あらゆる場面には対応しきれぬ。こう、もっと、都市防災システムとリンクした機材の展開が必要なのだ」

 巽博士はコード99マシンの設計に着手していましたが、これらの機材を搬送するライナーシステムのインフラ整備には、首都を中心とする都市間協力が必要となり、これを自治省と消防庁に進言。あっけなく一蹴されます。
 ところがその後に発生した東京湾中部大地震によって首都エリアが大打撃を受け、この復興作業に、博士の提唱した防災システムが組み込まれることとなります。
 このとき既に、巽博士はベイエリア55の建造を、東京湾バビロンプロジェクトの一部に編入してもらい、単身、混乱渦中のルーマニアへと、ルナ姫の消息を求めて旅立っていたのです。

 「99マシンの組み立てまでには帰国する。どのみち各部のパーツ製作から納品までは、1年や2年ではたどりつかんからな。それから、グランドクロスの際に起きるであろう幻魔の襲来については、ルーマニアとの外交問題が絡む関係があるので、“幻魔”という言葉を使用してはならぬ。んー、そうだな。災いをもたらす魔、『災魔』と呼称しよう。わかったな、ミント」
 巽博士は、自身が不在の間、研究所運営やマシン開発の一切をマネジメントさせるため、ミントと名付けた小型サポートロボットに最後の指示を与えました。
 「ワカリマシタ。アトハ新東京開発公団ニイラッシャル乾局長ニ指示ヲ仰ギマス」

 「うむ。あの男もいずれ、首都消防庁長官として消防畑に戻ってくるはずだ。あとは、おれたちの火消し魂を子供たちが受け継いでくれれば、おれはもう言うことはない。家内と子供たちをよろしく頼むぞ」
 「カシコマリマシタ、博士」

 かくして1999年、幻魔は地球圏に出現します。
 それは遊星ラーメタルの地球接近だという人も居たし、遊星ではなく異星文明の巨大宇宙船を擬装したブービートラップだと唱える人も、マシン帝国バラノイアの総攻撃だという人も居ました。
 しかし、それらはいずれも局地的に現れる幻魔の形を変えた姿で、これに対する地球の護りは臨機応変にとられていたのです。
 ルナ姫が世界各地を歴訪して探し出していった同士の中には、極めて高い知能指数を持つ少年少女たちが存在します。
 彼等はその天才という素性から迫害を受けていたところを、ルナ姫によって密かに救済され、インターネットを使って仲間たちと天才科学者集団を作り上げました。
 彼らが自らに与えた組織名『ALCHEMY STARS』とは、ルナ姫が彼等を「錬金術の花形たちよ」と呼びかけたことから由来するといわれますが、真偽のほどは定かではありません。
 議長、ダニエル・マクフィーは、ルナ姫からの警告を受け、これを「根元的破滅招来体」と呼称し、国際連合に働きかけます。
 国際連合は一般社会に対して秘密裏に、汎地球防衛機構「対根源破滅地球防衛連合」 G.U.A.R.D.を組織するに至ります。
 G.U.A.R.D.は1999年には既に、成層圏に精鋭部隊XIGとその基地となるエリアルベースを実戦配備していましたから、それらの機器開発はやはり10年以内に始まっていたものと思われます。
 アルケミースターズ結成との整合を考えれば、3年から4年というところでしょう。
 このネットワークが、巽博士にとっても功を奏し、99マシンの建造はおそらく、1995年以降、急速に進展し、当初予定のシステムを越えた地上のみならず、宇宙をも視野に入れたマシン開発が進むのです。
 アルケミースターズとの共同戦線を得ることとなった巽博士は、東欧から帰国し、完成しつつあるベイエリア55に引きこもって、自らが担当する災害救助システム、救急戦隊の稼動準備に入ったのです。


  ※このお話は、つくばーど流のフィクションに過ぎません。
   なお、「21世紀編」は、蛇足ですので別ページでテキストのみご覧下さい。