《天かけるペガサスの軌跡》


  F1グランプリ1977年シーズンには、実に印象深い新鋭チームがあった。
 サンダーボルト・エンジニアリング(SVE。何故か綴りはThundervoltではなく、Soundervolt)。彼等は日本国籍のコンストラクターとして参戦し、日系英国人ケン・アカバをはじめ、ロック・ベアード、ペペ・ラセールなど不世出のドライバーによってシーズンを席巻した。
 このシーズン、SVEはフォード・コスワースDFVを搭載したプロトタイプのSV009を投入し、このシーズンはウォームアップとノウハウ獲得を目的として、翌78年シーズンにターゲットを絞ったマシン開発をもくろんでいた。
 SV009はしかし、未経験のF1チームの実力のほどを露呈し、ウォームアップはおろか、まともにGPを戦えるマシンではなかった。このため、SVEは設計途上の新型であるSV01の完成を急ぎ、なんと第2戦からわずか40日という短期間で、第3戦の南アフリカGPに2台の01をエントリーさせた。
 SV01は、第4戦のアメリカ・ロングビーチでケン・アカバが優勝を遂げたものの、エースドライバーのロック・ベアードが事故死する。第5戦スペインGPの終了と共に、前後サスペンションとカウリングのモデファイが行われる。
 これが「SV01改」であり、SVEを77年シーズンのダークホースに押し上げる。



 SV01は、それまでのF1マシンの中で、軽量さとコンパクトさを高く評価されていたウイリアムズチームのFW06を参考に開発されたと言われている。だが、77年シーズンではすでにウイングカーが台頭しており、FW06も時代の流れに押されていた。SV01も同様で、新機軸の技術革新は見出されていなかったため、SVEの苦戦は続いた。
 SVEは、デザイナーにトム・カサハラを起用し、01をウイングカーへと改良していくが、転戦するF1サーカスの途上でこれを抜本的に見直していくことは困難を極め、01のモノコックをそのまま流用したことから、01改においてもサイドポッドのベンチュリーが容量不足という矛盾をはらんでいた。
 SV01改は第6戦モナコGPから投入され、ケン・アカバのドライブによってポールトゥウインを飾る。
 第10戦イギリスGPでは、第7戦からデビューしていたもののリタイアを続けていたペペ・ラセールが、初のポールポジションを獲得。ケンが予選2位につくことで、SVEにとっても初めてのフロントロー独占を果たした。
 しかしこのレースはペペとケンのトップ争いの結果、ケンのマシンがクラッシュし炎上、ペペが初優勝する。この事故でケンは重傷を負い一時的に戦列を離れ、11戦ドイツGPからオーストリア、オランダの第13戦まで、ペペが単独出走。ぺぺはドイツでリタイア、オーストリアで決勝4位、オランダで優勝を果たした。
 01改は第14戦イタリアGPでのケンのカムバック(決勝2位、ぺぺもマシンを大破させながら3位に入賞)のあと、ぺぺ単独のマシンとなる。新型シャシーSV11がラインアウト(1シーズンで4台目のニューマシン!)し、チャンピオン争いに絡んでいるケンに与えられたためである。
 SV11の製作が、アメリカGPには1台しか間に合わなかったこともある。ペペは不満を押し殺してケンを2位に退け、ポールトゥフィニッシュを刻んだ。
 01改はこのあと、カナダGPで2台目の11が投入されたことで、使命を全うする。最終戦の日本GP(富士スピードウエイ)で、高橋国光がスポット参戦し、01改をドライブするのが、このマシン最後のレースとなる。
 なお、カナダGPでは11を壊したケンが01改で出走したが、ピットイン時の火災事故でリタイアした。さらにペペは、決勝のクラッシュで頭部を強打し、リタイア後に急逝している。
 日本GPでは、ケン、アンドレッティの一騎打ちによってワールドチャンピオンが決定する。ケンは予選で自らのSV11を大破させ、ぺぺが残したSV11の2号車に乗り換え、優勝を遂げる。
 高橋国光の01改は予選9位、決勝5位。このリザルトは、日本人初のF1選手権ポイント獲得となった。

 この年、SV01改は12戦にわたって使用され、ケンとぺぺがそれぞれ3回の優勝をもぎ取った。事実上SVE初年度のメインマシンとなり得たわけである。ゼッケン31は、この年のケンのカーナンバー。フロントカウルには赤いペガサスのマークが描かれている。


 まさか真に受ける人はいないと思いますが、1977年シリーズのF1は、つくばーどでは上記の歴史を刻んでおります。
 しかし問題がないわけではなく、ほぼ各ラウンドでは直接対決に及ばなかったカトリモータースのトドロキスペシャルT−3が、あろうことか日本GPで優勝しているという世界観もあるのです。これに激走ルーベンカイザーが絡んでくるとさらに困ってしまうので、とりあえず各作品同士の不可侵協定結んでおきます。
 ところでこのSV01改は、村上もとかさんのアシスタント時代の笠原俊夫さん(漫画家・TOM’sDINERサイトが有名)が、玩具の図面を引かれたそうです。この01改はプルバック走行仕様で、その駆動ギミックを入れるために、エンジンブロックが肥大化してしまったことを、笠原さんがご自身のサイトで語っています。
 いやーそういうことなんですか。だってどう見てもコスワースDFVではなくて、水平対向8気筒に見えるんだもの。思わず『SVEとBMW(あるいはSUBARU)による極秘開発モデルの、01改R』とか考えちゃうところでした。